J side
翔さんが目を覚ましたのは、夕飯にはまだ少し早い時間だった。
『っ!もうこんな時間か。
いくら何でも寝過ごした、ごめん。』
時計を見て、驚き謝る翔さんは
しっかり休んで貰ったおかげで、疲労の色がいくらか消えたように見え、ホッとする。
『大丈夫です。
お陰で僕もゆっくり出来ましたから。』
食事の準備を終えてからは、眠る翔さんの近くで、いつも持ち歩いている本を読んだり
うたた寝をしたり。
好きな人の傍ならこんなたわいも無い時間さえ、僕には愛おしく特別に感じられて
『退屈だったろ?起こしてくれて良かったのに』
『いいえ、仕事以外で翔さんとこんなにゆっくり出来る事なんて、今までなかったから嬉しかったです。それに顔色も良くなって安心しました。』
『本当に、お前って奴は・・・』
決して気を遣ってとか、嘘ではなく
本心でそう答える僕を翔さんは、まるで衝動的かのように強く抱き寄せキスをして
それから何故か・・・悲しそうに見つめた。
重ねられた唇からは
愛されているのが伝わって来たのに
どうしてそんな瞳で僕を見るのだろうか。
僕が何か翔さんを、悲しませるような事をしてしまったのかと一瞬考えたけど、思い当たる節はなくて
少し戸惑う。
それでも当然のように
このまま抱かれるんだと、その先を期待した僕から翔さんは目を背け
『テーブルの上の料理って潤が作ってくれたの?旨そうだ。お腹空いたよ、食べていい?。』
無理矢理にでも雰囲気を変えたかったのか
そう言った癖に
いつもより、翔さんは食欲が無かった。
お酒好きな翔さんなのに、僕が用意したワインにも手を付けようとしなくて
『どうしたんですか?いつも翔さんが好まれている物を用意したんですが・・・』
『ありがとう・・・でもこの後、潤を送らなくちゃいけないだろ?』
『・・・いえ、僕はタクシーで帰りますので、気にしないで召し上がって下さい。』
僕がいくら勧めても
決して口を付けようとはしなかった。
約束なんてしていなかったけど、今日はこのまま泊めてもらうつもりで居たのは僕だけで
翔さんはそんな気はなかったんだって事に寂しくなったけど、疲れている翔さんにそこまで求めちゃいけない。
最近はずっと大野室長と行動を共にされていたから、来週からの翔さんの予定をまだ聞かされていないけど、きっとまた忙しくされるんだろう・・・
そう思い直すようにした。
二人で食事を済ませ、コーヒーを飲んでいる時
ソファに並んで映画を観てる時
合間合間に、ふと視線が絡まりあった時
翔さんは何か口に出そうとしていて
僕が首を傾げ、言葉を待つ仕草をすると
少し間を置いて首を左右に振り、切なげに僕を見るだけだった。
その様は
いつものαとしての、颯爽とした中に揺るぎない堂々とした力強いオーラはなりを潜め
壊れそうな心を持つ繊細な少年の如く
翔さんが、翔さんの内で
自問自答と葛藤を繰り返しているようで
やっぱり今日の翔さんは変だ・・・そう思い始めた時
「潤、少しドライブにでも行こうか。」
僕の返事を待つ事なく
翔さんは僕を外に連れ出した。