純名 side
「終わりって・・・っ、どうして?どんな理由でも純名は俺の元へ来てくれた。仕事に夢中になってしまったのはお互い様だし、これから二人で努力して行けば・・・」
私からの急な別れに驚きを隠せず、戸惑いながらも優しいあなたはまだ、私を引き留めようとしてくれるのね・・・自分の本当の気持ちを隠してまで、私とあの約束に誠実であろうとしてくれているのがよくわかる。
だけどそれじゃあ
誰も幸せになんてなれないのよ?
「・・・翔、何処までお人好しなの?
あの頃とは想いが違うのに、いつまでもあの約束に縛られて・・・だけど誤解しないでね?
私が欲しかった翔は私を好きな翔よ。
私じゃない誰かを想うあなたに傍に居て貰っても嬉しくなんてないわ。バカにしないで。」
ずっとあれから後悔していた。
私にとって翔がいかに大切な存在だったのか
離れてから痛感し、強がって格好つけて別れた自分を責めたりもした。
どれだけ仕事に打ち込んでみても、いつだって翔の事は忘れられなかった。
それでも意地っ張りな私は、あんなにえらそうな事を言っておいて、やり直したいなんて自分からは言えなくて。
約束の2年を迎えた時、これでまたあなたの傍に居られるってそう思った。
もう二度と離れたりしないって、今度こそ上手くいくはずだって。
だけど・・・遅すぎたみたい。
あなたにいつまでも愛されているって過信して、変わらないあなたの優しさに自惚れていた。
『二年・・・あれからもう二年よ。
まだ私の事、好きでいてくれる?』
『純名、おかえり。ずっとずっと会いたかった。
部屋に入ろう?』
あの時、私を好きだとはっきり答えてくれなかった事も
『潤、お待たせ!雅紀が遊びに来たいって・・・』
弾んだ声で隣の部屋に住む彼に愛おしそうに話し掛けていた事も
『じゅん・・・』
さっき私を抱きながら、ふいにあなたの口から出た名前に、ずっと心に引っ掛かっていた違和感が、もう私じゃない誰かを翔は求めているんだって、悲しい確信に変わった。
「本当はもうとっくに私達は終わっていたのよね。
ありがとう、翔。貴方が私を愛してくれていた気持ちに嘘はなかったって分かってる。
だけどこれからはお互い過去に囚われず別々の道を、未来を歩みましょう。今日で本当にさよならよ。
私といてもみっともない位に翔をソワソワさせていた、あなたが今一番会いたい人の元へ早く行ってあげて。」
「・・・純名、ごめん。」
「バカね、何謝ってるの。さぁ、もう帰って。」
これ以上話していると泣いてしまいそうだったから、躊躇う翔の背中を玄関まで押して
「元気でね。」
ニッコリ笑ってそれだけ言うと
直ぐに翔に背を向け、リビングへと戻った。
少ししてカチャリと玄関の扉が閉まる音がして翔が私の元から去って行ったのがわかった。
「うっ、・・・」
途端に嗚咽が込み上げ、掌で口元を押さえた。
だけどすぐにその手を離し声を上げて
誰にも遠慮なく好きなだけ涙を流した。
これほどまだあなたを愛していたとしても、ここにはない愛を求めて、その優しさに縋って生きる程
私はプライドがない女じゃないのよ。
翔の気持ちに気づかないフリをして、あなたの優しさを利用して傍に居続ける・・・そんな惨めな人生を送るのも御免だわ。
例え今は、心がキリキリ締め付けられるように痛くても、いつか必ず想い出に変えてみせる。
それが私のプライド。
それに・・・
心から愛した彼の、あんな寂しそうな顔を見ているのは耐えられなかった。
きっと私を気遣い、自分から別れを口に出すなんて出来そうになかった優しい翔には、こっちからさよならをしてあげなきゃ、ずっと彼を苦しめてしまう事になるものね。
「はぁー、よく泣いた。」
明日は目が腫れて大変な事になりそう。
だけど、翔の前で泣かなかった自分を褒めてあげたい。最後に見せる顔が泣き顔になってしまったら、ずっと翔の中での私は泣いたままになるもの。
それだけは避けたかった。
楽しかった2人の過去まで悲しい思い出にはしたくないから。
散々泣いて少しスッキリした頭と、前向きになれた気持ちで天海本部長に電話をかける。
「純名、気持ちは決まったの?」
落ち着いた声で電話の向こうから尋ねる天海本部長は、私が新人の頃から暫く東京支社に居て、何故か私を気にかけ可愛がってくれていた厳しくも優しいキャリア・ウーマン。
ずば抜けた判断力と的確な指示、群を抜いた仕事ぶりであっという間に本部長にまで出世をし、本社へと栄転して行った憧れの人物で。
今回の異動も、私の不遇を見兼ねての彼女からの引き上げだった。
だけど、こんなチャンスにすぐに頷かない私を不思議に思った彼女に、少しだけ翔との事も話し返事を待って貰っていた。
「はい、もう諸々解決しましたので何処へでも行かせていただきます。」
「そう・・・。いくら本社とは言え、東京から離れる事も大丈夫なのね?」
「もちろんです。」
本社を地方に置く我社。
今回の異動は本社勤務を命じられていて、受ければ翔とは離れ離れになってしまう。もう翔を失いたくなくて、そろそろこの辞令を翔に伝えて、場合によっては仕事を辞めて彼との結婚をと考えていたけど・・・もうそれも終わった話。
「これからは天海本部長のように仕事一筋で邁進して行きますので、宜しくお願いします。」
自分に気合いを入れながらそう言えば、天海本部長はフッと笑って
「何言ってんの、仕事も勿論頑張るけど恋愛にも私は手を抜かないわよ。まだまだこれから、沢山恋の花も咲かせるわよ。」
「えっ、天海本部長って仕事以外にも興味あるんですか!意外すぎるんですけど・・・」
「当たり前でしょー?高性能だから欲張りな女なのよ、あたし。
だから純名も早く新しい恋見つけなさい。
あんたくらいいい女なら、すぐに素敵な相手がまた見つかるわよ。私が保証したげるわ。」
「・・・天海本部長・・・っ」
「ああ、もう泣くんじゃない!メソメソと辛気臭いの苦手なの知ってるでしょ?
とにかくこっちに来たらビシビシ鍛えてやるから、泣いてる暇なんてなくなるんだからね?覚悟しなさいよ。」
その前に歓迎会兼ねて二人でパーッと飲みに行こう、そこでじっくり話は聞いてあげるから・・・
厳しい事を言いながらも、涙ぐむ私にあったかい言葉をくれる彼女の人柄に
ああ、この人の下でならきっとまたすぐ
心から笑える日が来る・・・泣きながらそう思った。