旬 side


『櫻井さんて、潤の昔の彼氏ってとこですか?
あいつ綺麗な顔してるし、未練あるのはわかりますけど、俺達は絶対別れたりしませんから無駄ですよ。』


俺の知らない所で二人が会っていた事実に、嫉妬と怒りで暴れ出したくなるのを我慢しながら、櫻井さんと近くの公園で話をしていた。

こいつ、遂に潤の部屋まで上がり込みやがって。
潤も潤だ、帰ったら問い詰めてやらないと。


『二人の事は、俺がとやかく言える事じゃないよ。
そんな事より、昨日が潤の誕生日だって覚えてた?そんな日に、誰と何処に居たんだよ。』

『・・・っ!・・誕生日・・・っ、
誰と居たって・・・何でそれを?』

昨日、潤と約束をしていたけどキャンセルをした。いつもみたいに潤の気を引きたくて。
こんな子供じみた真似で、潤の気持ちが俺だけに向く訳ないのはわかってる。
それでも困らせる事で俺を見て欲しかった。
どんな感情にせよ、その間は俺の事だけを考えてくれるから。

だけど、誕生日だって事はすっかり失念していた。
今思えば心做しかいつもより、約束をした時の潤が嬉しそうに見えたんだ。
それなのに俺は、そんな大事な日すら忘れてしまって・・・

『小栗君が女性といるのを偶然見かけたんだ。
会社の飲み会へ向かう途中に潤とね。
恋人が他の人とホテルへ入る現場を見ても、それでも潤は小栗君を責めなかった。
二人の間にどんなルールがあるのかは俺には理解出来ない。だけど、恋人なら、せめて誕生日ぐらい一緒に祝ってやってもいいんじゃないか?』

『責めなかったか・・・。あいつは、俺に興味がないだけ。俺が誰と何してたって別に気にもならないんでしょ。
いつだって俺を自由でいさせてくれるけど、それが俺にはどうでもいい存在に思われてる気がして、堪らなく腹が立つんだよ!』

『それでも・・・それでも潤は小栗君の隣に居るだろ?どうでもいい存在なら、とっくに潤は居なくなってるよ。どうでもよくないから、お互いに離れられないんだろ?』

『・・・わかってるよ。俺が悪い事ぐらい。
俺だって潤の事は大切に思ってるんだよ!』


本当は、もっと優しくして大切にしてやりたい
それは本心なんだ。
潤が俺をどうでもいいなんて思ってない事も知ってた。あいつはそんな事思いながら付き合える奴じゃない。
だけど、もっと俺に必死になって欲しかった。
俺だけを見て、俺をもっと求めて欲しかったんだ。
俺が潤を渇望するように・・・


『小栗君は潤といて幸せ?』

『・・・は?』

『二人は、お互いを不幸にしているように俺には見える。どちらが良いとか悪いとかなんて俺にはわからないけど、一緒にいて自分が幸せと思えない関係なら、相手を幸せになんて出来ないと俺は思う。
無理矢理取り繕っても、歪みは必ず出てくるんだよ。』


ドキリとした。
潤といて幸せかと聞かれて、幸せだと答えられなかった。
それに、潤の幸せ?
恋に落ちたあの時、潤を守りたい、そう思ったはずなのに今の俺にはそんな余裕が全くなかった。
藻掻いて求めて苦しんで、ただ潤を失いたくない。その気持ちしか今の俺にはなかった。
歪みなんて、もうとっくに出ている。
俺達は共依存なんだから。
だけど、それを認めてしまえば潤と離れなくてはならなくなるのが嫌だった。


『あんたもさ、そんな正論振りかざしたって、潤と寄り戻したいだけなんでしょ?
俺と別れさせて潤が欲しいだけなんだろ?
俺の居ない隙に部屋まで上がり込んで、俺が行かなかったら今頃何してたかわかんねーよ!』

『欲しいよ、喉から手がでるくらい潤が欲しい。
奪えるもんなら、とっくに奪ってる。
だけど、潤が俺を求めてくれない以上、俺は何も出来ないだろ。』

『何だよそれ、かっこつけやがって、』

『かっこ悪いぐらい・・・俺は潤しか愛せないから、
潤には幸せでいて欲しいんだよ。
潤の求める幸せの先に居るのが俺じゃないなら、無理強いはしたくない。
俺の気持ちなんかより、潤が何より大切なんだから。』


そう言って、潤の事を思い出しているのか、櫻井さんはとても穏やかな柔らかい表情を見せた後


『だけど、潤が俺を求めてきたら・・・悪いけどその時は遠慮なくかっさらって行くから。』


射るような強い眼差しを俺に向けながら言うと


『とにかく潤に悲しい想いはさせないで欲しい。
俺が言いたかったのはそれだから。
あ、あと今後もし俺の事で誤解する事があったら、潤を責める前にここへ連絡して。俺は逃げも隠れもしない。』


俺に連絡先を渡すと、そのまま帰って行った。



完敗だと思った。
潤を愛する男として、俺は櫻井さんに到底及ばない。俺の潤への想いはエゴに過ぎず、気づけば自分の事ばかり考えていた。
好きだから、恋人だからと理由をつけて
潤の気持ちなんて何も考えられなくなっていた。
何て悲しい成れの果てなんだろう。
こんな男に成り下がっていたなんて・・・

潤の部屋に戻り愛しい潤を抱き締め、ひとしきり泣きながら、恐らくこうして触れ合うのもこれが最後になるんだろうなと思った。
・・・あの人にあんな愛し方されてたら、そりゃ潤も忘れられないだろ。強くて優しい、何処までも包み込むような愛。

もう、潤を俺から解放してやらなきゃ。





「旬・・・、今まで本当にありがとう・・・」


その言葉を最後に、潤との通話を切ると、堪えきれず嗚咽が漏れる。


「潤・・・っ、」


好きだよ。
大好きだ。
愛してる。

だからこそ、幸せになって欲しい。
今やっと、人を愛するという事の本質を思い出したよ。

潤が心から笑える場所にお前を帰す。
だけど、潤は優しいから俺に気を遣って変な事考えてそうなんだよな・・・。

俺はスマホに最近登録したある人物の電話番号を呼び出し、タップする。

今までの罪滅ぼしと、潤の新しい門出への俺からのプレゼントだ。


「櫻井さん?俺、小栗です。
今、潤の家で別れ話切り出されたんですけど、俺別れませんから。どうしても潤が欲しいなら今すぐ力づくで取りに来て下さい。


そう言って電話を切った。
櫻井さん、きっと今頃血相変えて潤の家へ向かってんだろな。


「ふっ、嘘だっつーの。」


あんなイケメンエリートが、慌てる姿を想像すると少しいい気味で、スっとする。


これからは店の方に、もっと力いれるかな。
遊びも色々精算して、次の恋愛に備えるか。
まだまだ誰かを好きになれそうにないけど。

いつか潤と再会した時に、しょぼくれた奴にだけは
なっていたくないから。


潤、もうその手を離すなよ?
今までありがとう。


そう呟いた時
初めて見た日の潤の笑顔が瞼に浮かんで
俺の心がキュゥと切なく、だけど暖かくなった。