アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO(最高経営責任者)泉谷直木(いずみや なおき)氏のためになるお話「どん底を味わった企業の底力」
泉谷会長、素晴らしかったです
1時間半の講演も、話し足りないと、延長で2時間話して下さり。
講演会のあとの懇親会も、2時間、立ちっぱなしで、名刺交換の行列のひとりひとりの目を見て話され、記念撮影、懇親会がお開きになるまでずーーーーっと立ちっぱなしで沢山のお客様と談笑されていました。
大企業の代表取締役会長 兼 CEOでいらっしゃるので、乾杯の挨拶をしたらすぐにお帰りになるかと思いきや。
そして、笑い顔
笑顔が素晴らしいのです
営業志望だったが、博多工場の倉庫係からスタートしたという異色のキャリアの持ち主。
乾杯のご発声のあと、ビールの美味しい飲み方を伝授下さった泉谷会長。
ビール瓶の蓋は叩かない。ビール瓶を叩かない。ビールを注ぐ時にグラスを傾けない。泡を蓋にして飲む。
なるほど~ビールを注ぐ時にグラスを傾けないんですね。
きょうまでずっと傾けていました
アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO 泉谷直木(いずみや なおき)氏
京都府出身。高校では応援部で団長に。京都産業大学法学部卒業後、アサヒビールに入社。広報部長、経営戦略部長、取締役、常務酒類本部長、専務を経てアサヒビール社長。その後、アサヒグループホールディングス社長を務めた。
さて、ためになる言葉があり過ぎて、、、
ブログは短めにと母に言われましたが、今回はすみません。
ここからは長くなります。
私も心に残る言葉を記録に残し、読み返したいですし、
ここからは、ためになる言葉を知りたいという方はご覧下さい。
長いです
<アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO(最高経営責任者)泉谷直木(いずみや なおき)氏の講演一部>
経営戦略本部。提案して作ってもらった初代部長。
人事の仕事をしたいと、人事担当になった。
何の為に何をやるのか。
ひとりじゃできない。
ひとりひとりが楽しめる。
感動が共有できる。
もぐらたたきが速いから決して優秀なのではない。
もぐらたたきの機械の裏に入って見てみる人が頼もしい。
優秀とデキる人は違う。
威張る人は伸びない。
謙虚。
モノは一生売れるわけではない。
コストダウンも限界がある。
社員生き生き、商品生き生き、お客様生き生き、は巡ってゆく。
パワーなければ運もこない。
海外の取り扱いは国内とケタが違う。
毎年毎年、方針が変わってゆく。
ブレない軸を持っていないとブレる。
ブレないトップ。
金太郎集団→桃太郎集団へ。いろんな人間がいないと。
きびだんごは成績上げたらあげる。
社長が一番偉いわけではない。
社長より頭のいいヤツがいなくてはいけない。
×俺の時代
×かつての俺は
語らない。
社長はパイロット。
会長は尾翼。
尾翼の調整をしてブレーキかける時はかける。
社長交代してからまだブレーキをかけた事はない。
優秀な社員がなぜつまづくのか。
プレッシャー与えて潰れる。
デキる人ほどストレス溜まる。
デキない人はストレス溜まらない。
不安感を取り除いてあげる。
したい仕事と会社の仕事が一致。
レベルが上がる為にサポート。
×ほうれんそう(報告、相談、連絡)
○そうれんほう 相談から始める。
リーダーとボスは違う。
リーダーの仕事は開かれている。導く。
ボスは閉じられている。権限に、下はビビる。
リーダーを求めている。
×ボスを作る。
リーダーとは、会社が好き。部下に愛情注げる人。
リーダーは尊敬されるが、好まれるとは限らない。
人間の感情、合う合わないがある。
×部下を管理する。
自分で面白い経営者に電話して会いに行く。
秘書を通さず。秘書驚く。
相手は買収に来た!と大騒ぎ(笑)
自販機を置いてもらっているのにと営業に怒られる(笑)
新任役員研修を2日間、資料なしでやる。
役員だろう?役員になった気持ちは?何が変わったか?
部下に対しては?
社会に対しては?
お得意様に対しては?
責任は?
使命感は?
など、質問を10個ぶつける。
質問だけで研修が終わる。
質問は200個くらい考えておく。
使うのは20~30個。
なぜ?を5回。
僕が勉強してゆく。
30の質問を考えてゆくと10のパワーが。
200の質問を考えてゆくと100のパワーが。
無限の可能性に挑戦する。
弱みは社長の夢を語っていない。
社長が飽きると社員がついてこない。
想像力がなくなるとコケル。
暗い時どうする?!
先行き明るければ頑張れる。
暗い時、夕日ビールと呼ばれた。
負け戦(いくさ)ばかりやっていると×
社員100人で富士山に登った。
8合目で20人へたってきた。
1時間、休憩するか。
スケジュールが狂うが待つか。
富士山頂上のご来光を一緒に見て、同じ感動を共有する。
同じ感動を共有できないと、へたった20人は村八分に。
80人は遠慮して感動できない。
環境に打ち勝てる経営戦略が取れるか。
部下を使って目標達成できるか。
ついてくる魅力があるか。
カリスマ性は勉強しても作れない。
経験から出てくる直感。
切り開いて道を作るのがリーダー。
アサヒは急速に伸びて、1000人が中途入社。
専務に中途入社が2人。
女性社長2人。
女性社長になって2ヵ月、社風、文化がどう変わっているのか。
どうなっているか見に行く。
会社、部下に対する愛情を持っているか。
自分が許せない一線(プライド)を持っているか。
旬の内に、ピークになる前、上がり目で引き継ぐ。
バトンタッチが早いのが良い。
<アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO 泉谷直木(いずみや なおき)氏物語>
大学3年の2月、スキーから帰ってくると、友人たちが「就職の内定をもらった」と口にした。
慌てて大学の就職課へ行き、募集書類をめくると、あいうえお順で朝日麦酒が出てきた。
関西では名の通った会社で、食品分野は面白そうだと思い、就職課に「受けてみたい」と言う。
だが、申し込み期限の前日で、学長の推薦状が間に合わず、ゼミの先生の家まで行き書いてもらう。
そういう経緯だから、会社訪問をしたこともないし、受けたのは1社だけ。これも縁だろう、と思う。
入社当時に味わった「下位メーカー」としての悔しさがバネとなっている。
企業広報畑が長く、「スーパードライ」のヒットを広報企画課長として支え、テレビCMでは作家の落合信彦氏を起用。「1日の仕事の締めくくりに飲むビール」との商品像を訴えた。
読書家で、労働組合専従の時には約150冊の「活動報告書」を読みあさり、組合の古参や会社経営陣と対等に話をできるようにした。
2010年の社長就任以降、清涼飲料大手のカルピスや海外企業の買収などを通じてグループ全体の業容を拡大。構造改革も進め成長軌道に乗せた。
<どん底を味わった企業の底力>
業界シェアが10%を下回り、業績の悪化から工場閉鎖に追い込まれた時期もあった。
そこに至るまでの約30年間にわたる、経営者や社員たちの苦闘の日々。
全社に危機感が浸透した時、大きな転機が訪れる。
コーポレートアイデンティティー(CI)導入をきっかけに、
全社一丸となって危機打開に向けて動き始めた。
満40歳だった泉谷直木氏。
1989年元旦、会社は社名を朝日麦酒からアサヒビールに変えた。
ロゴマークも、朝日が水平線に浮かぶ「旭日」から、鮮やかな青字の「Asahi」に。
コーポレート・アイデンティティー(CI)活動の展開に、道筋をつける役を果たした。
当時、CIと言えば、社名やロゴを変える「見た目」の変化が中心だった。
だが、書を読むと、どうもそうではない。
全社員の意識と行動、商品の在り方まで見直して、新たな企業像を生み出していくことだ、と思った。
ビール業界には、70年代に市場シェアが6割を超した「ガリバー」がいた。
朝日麦酒の業績は低迷し、社内には危機感が広がっていた。
ただ、どうしたらいいのかとなると、誰もわからない。
コンサルタント会社には「会社そのものが、賞味期限が切れている」とまで診断された。
「旭日」のロゴを変えるとともに、「ほろ苦い」というビールの味も変えるべきだ、となった。
これには、年上世代は反対だ。
そこで、消費者5000人に対して、味の調査を実施した。
どちらの主張がニーズと合致するか。世の中に問いかけた。
「味にコクがあり、のど越しにキレがある」という新商品が決まる。
社名やロゴを新しくしても、業績が回復する前だから、大きく広告を打てない。
社員は約2700人。彼らが一歩、社外へ出れば、多様な場面でいろいろな人に会う。
そこが「宣伝」の場になる、と考えた。
それまで名刺も配られていなかった工場勤務の人にも、新しいロゴ入りの名刺を渡す。
同じ仲間として一体感を持ってもらうためだったが、CIで最も劇的に変身してくれたのは、
そうした現場で働く人たちだった。
10年から6年間の社長時代に、アサヒグループのグローバル展開(世界的規模であるさま)を果敢に進めたのが泉谷直木氏。
「偉大なトップの教えを直接受けることができて、会社の中でも自分ほど運のいい奴はいないかもしれません」
<社長在任6年でバトンタッチした理由>
「代わるべき潮目を見極めての判断。適切な時機を示す潮目は経営が上り調子の時に出てくる。ここで交代すれば、次の社長も成功するというタイミングをとらえなくては駄目。峠を越えてからでは、潮目と思っても、それは落ちて行く境目にすぎない。
自分で業績を下げておいて、後任の社長に「お前、けしからんぞ」と言うのは、潮目の読み間違え。経営者として旬が過ぎているのに居座ると、会社をおかしくする。
長期政権はいい面と悪い面があり、一番の問題は、社長がリーダーシップを発揮すればするほど、経験知が社長にしか貯まらなくなる事。
次々と入れ替わる役員は、社長とは圧倒的に差がある。
経験知の浅い人が社長になったら、必ず業績に揺り戻しがくる。
社長の任期は6年がちょうど良い。
昔から、社長になったその日から後継者の育成が社長の一番大事な仕事だと言う。
社長がどれだけ名声を博してスターになるかが、注目されがち。
組織は、業績が持続するようにきちんとつないで行くことが重要。
リレーの選手はバトンを渡す時、スピードを落とさないのと同じ。
好調な時に交代する潮目をどう見つけるかが、経営者の務め。
なぜ私が会長で、CEOを自分に残したのか。
「泉谷は未練があって、まだ権力を握っている」と見る人もいる。
「あいつは本当に我慢できるのか。任せたと言うが、あのタイプでは絶対に前に出てくる」と言う人もいる。
役割分担を自らに課している。
執行部門は社長に任せて、私はその最終責任を負う。
これはCEOとしての覚悟。
自分で執行を全部やって全責任を負うのはいいですが、
今度は人に任せて責任を取る、その覚悟が本当にあるのか、
人間としてできるのかと自問した。
経営環境の変化は激しく、私は時代に合わせて会社を持ち株会社制に変え、
アサヒグループホールディングスの初代社長に。
グローバル(世界的規模であるさま)に打って出て、持ち株会社には先輩がいないので、
慣れないことを勉強しながらずっとやってきた。
そういう中で交代したので、どこかで何かが起こったら、
向こう2、3年は私が責任を取らなければいかんと覚悟して、CEOを残した。
だから私はいつまでもCEOを握っていようとは思っていない。
とはいえ有事の際には、私も立ち向かわなければならない。
それだけの実力と度量、人間性があるのか。会長になったときに自戒した。
有事には、天変地異から、どこかから買収を仕掛けられることまで。
対処するには、経験知が要る。年齢と経験知の量だけは仕方がない。
社長がいかに優秀でも越えられない点。
それを役立てられるところは、私が出ていかなければならないと思っている。
もちろん社長を中心にして。
一歩退いて社長をしっかりバックアップする。
有事においても社長を前面に押し立てて、私は後ろで下働きをする。
会長兼CEOとして私は、その度量と責任を取る覚悟を求められる。
後任に選んだ小路善明社長は労働組合の私の後の後の書記長。
アサヒが最も厳しい時代に書記長をやっている。
私は組合を6年、彼は10年。
当時、業績がどんどん悪化して、まずグループ会社で合理化問題が起きて、
次に本体でも起きたため、やはり経験知がないと対応できなくて、ずるずると延びた。
彼は非常に苦労していますから、私は互いに共感するものがある。
<アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO 泉谷直木(いずみや なおき)氏の名言集>
「経営者自身が成長しなければ組織は強くならない」
「競争に負けて、会社がおかしくなるのではない。ライバルに点を取られるよりも、自分の失点の方が多いのではないか。」
「現役のビジネスパーソンでいる限りは、成長し続けたい。」
「いままでと同じやり方では対抗できない。新しいやり方をする必要がある。」
「新しい需要は必ず掘り起こせる。」
「どんなに良いときでもミスがあり、どんなに悪いときでもチャンスがある。」
「いま見えている現象をきちんと掴み、対応していく。その積み重ねが、結果的に、見えない時代を見えるようにしていく。」
「実行して恥をかいたり、冷や汗をかいたりする経験が必要。頭で勉強して、体で覚えることが大切。」
「自分の得意技を1つ作れば、だんだんほかの技が付いてくるようになる。基本形をビシッと持つと、それに対して応用の幅が広がる。」
「嫌な仕事でも拒んだら駄目。追い込まれることもありますが、そこを超えたときの力が一番大きい。」
「組織とは要するに人の集まりですから、個人の力をいかに高めるかに焦点を当てなければいけない。」
「会計上の数字に表れない会社の資産はいろいろありますが、人材は非常に大事な含み資産です。」
「経営者がいくら旗振りをしても現場が動かなければ回っていかない。だからまず大事なのは現場。」
「動いているものを予測しながら仮説を立てて、手を先に打っていく。そうしなければ、よそよりも速く手が打てない。」
「同じパターンでは成功しない。新しいことをやるときは新しいリーダーで臨む。」
「知らないことが減るのが成長だといわれますが、僕は逆で、知らないことが増えるのが成長だと思っている。」
「どんなに厳しいときでも、チャンスはある。」
「危機感がなければ、いつでも会社は潰れます。そのためにも、現場に行き、謙虚に事実と向き合うことが非常に重要。」
「従来の延長線上ではない時代がくる。いままでと同じことをやっていたのでは対抗できない。」
「最終的に取引が成立するかどうかは、人間関係が築けるかどうかによるところが大きい。」
「今は、今日ある仕事が明日もあるとは限らない時代です。一つの仕事を長年しているだけの「ベテラン」では通用しません。」
「社長の仕事は毎日が挑戦の日々です。重要問題を先送りしてサボったら、結局、リスクが手に負えないほど大きくなってしまう。」
「相手についての話題から共通の話題に移っていければ、すぐに共通の土俵に上がることができる。」
「頭で考え、ハートを燃やし、腹をくくり、足を使って現場を歩き、最後に口で話すのが社長の仕事であり、私はずっとそうしてきた。」
「人間は気持ちで仕事をし、気持ちで生きている。」
「社内外を問わず、他の分野では私より優れた能力を持つ人は沢山いる。私は全能の神ではないので、様々な能力を持つ人から話を聞き、学び続けなくてはならない。」
「人間には苦手なことも沢山あるが、できない事を悩むよりできる事を伸ばしたほうがいい。」
「僕は基本的に自信のある人生ではない。常にチャレンジし、懸命にやっていく。」
「同じ商品でも、新しい飲み方を提案すれば、需要を掘り起こせる。」
「企業は人。一人ひとりの能力を上げて、組織全体を強くしていかなくてはいけない。」
「知恵を出して、何としても前へ進んでいかなくてはいけない。」
「常に自分がベストと思える水準で仕事をすることを当たり前にする。部下から見ると流して仕事しているか、ベストを尽くしているかは一目瞭然です。成長が止まった上司の背中を見る価値はない。」
「十種競技ならトップの私の点数が一番高く金メダルをとるかもしれないが、個々の種目においては私よりももっと高い記録を出す人がいる。そんな集団が一番強いの。だから、各部門で私を超える社員を作ることが私の社員教育の基本方針。」
「意欲のある人に、より多くの支援をするのは当然でしょう。機会をつかまえるのは個人の能力です。私はどんどん機会を提供するので、社員にはどんどん手を挙げて欲しい。」
「手法を学んでも、それを使えなければ意味がありません。身につけた手法を自分の血肉とするには、何より経験を積むことが大切です。」
「人間は忘れる動物です。自分の頭に原理・原則を叩きこむには、繰り返し手で書くことをお勧めします。手で書いて記録し、記憶するのです。」
「世の中は様々な情報に満ちています。玉石混交(良いものと悪いもの、優れたものと劣ったものが入り混じっている事)の中から、有用な情報を見つけて整理し、ビジネスに役立てるにはどうすればいいのか。それは努力と経験によってビジネスの勘を磨いていく方法しかありません。」
「僕はスピーチの原稿をすべて自分で書きます。といっても、主な目的は頭の中の整理をすることで、スピーチ本番では何も持たずに話します。」
「時間が貴重なのはトップだけではありません。気を付けているのは、部下を待たせないようにすることです。たとえば、電子メールを書きかけているところへ、報告のために部下がやってきたとき、僕は絶対に後にしてくれとは言いません。自分の仕事は自分の生活の中で調整できますが、部下を待たせたらその分だけ彼の仕事がストップします。会社にとって損失です。だから僕は、部下がやってきたらすぐに手を止めて報告を聞きます。」
「部下との雑談の機会はなるべく増やすようにしています。スケジュールを社員に公開し、社長室のドアをいつもオープンにしているのもその一環です。それで社員がやってきたら、たとえメールを打っている最中でも手を止めて、その場で必ず話を聞きます。さすがに社長室に茶飲み話に来る人はいません。皆きちんと準備をし、それなりの心構えでやってきます。だから、話を聞けば必ず仕事のヒントが見つかります。それなのに忙しいからと後回しにしたり、断わったりしたらもったいないじゃありませんか。自分の時間は自分さえ工夫すれば、あとでいくらでも取り返しがきくのですから。」
「仕事のスケジュール調整はほとんど秘書に任せています。来客であれ社内の打ち合わせであれ、要請があったものは基本的に全部受けてくださいと頼んであります。これは歴代社長のやり方から学んだことです。」
「予定を受けるときには、ひとつだけ注文を付けています。事前に資料を用意し、面談の目的を明確にしてほしいということです。資料がないとか、説明の焦点がぼやけているようなときは、もう一度考え直してもらいます。というのも、社長という仕事は猛烈に忙しく、漫然とした会合に時間を費やすわけにはいかないからです。」
「私はどんな場合でも、好奇心を優先させて「この人、好き」と考えます。対人関係ではYESからしか入らないのです。相手に対して「苦手だ」と思えば、相手も瞬時にそう思います。商売であれ社内の関係であれ、どんな場合でもそうです。昔は私もそれで苦い思いをしましたが、不幸を招くのは半分は自分の考え方が原因ですよ。」
「大企業で上に立つには哲学が不可欠です。同時に現場で一緒に汗をかく必要も痛切に感じました。現場では若手と酒を酌み交わしつつ深く話をするようにしています。そして、若者から聞いた意見をときに生かしてやり、部下たちが自信をもって仕事に打ち込めるよう心がけています。」
「初めて部下を持ってみて感じたことは、彼らにとって働きがいがあって、面白い職場にしてやりたいということでした。もちろん上層部の指示にはきちんと応えたいけれど、私は金太郎アメ型の組織が嫌いでして。むしろ、イヌ、サル、キジがそれぞれの強みを発揮する金太郎軍団みたいに、個性ある部下たちをまとめていきたいという考えでした。」
「相手から学ぶという姿勢が大事です。お客さまだけでなく敵に対しても謙虚でなければいけません。もちろん勝負ですから、それだけではなく傲慢なところも必要です。ただ、忘れてはいけないのは、我々の目的は敵と戦うことではない、ということです。根幹の仕事は、あくまでもお客様との満足関係を高めることです。結果として勝ち負けがつきますが、敵だけを意識しているとお客様が見えなくなってしまう。それだけは避けなければいけません。」
「我々メーカーは、商品を作り流通させるために工場を持ち、従業員を雇用しますが、そのコストを最終的に全部負担しているのはお客様。だからお客様に対して謙虚でなければいけません。」
「陸上競技のリレーと同じで、経営を渡す方も受け取る方もフルスピードであることが大事。渡すタイミングがわかるのは信頼関係があってこそ。後任に「青天の霹靂」などと言われるようなトップ交代をしてはいけない。」
「機会は等しく全員に与えますが、その機会を自分でつかもうとする人にしか手はかけません。人材育成で全員の底上げだけをやっていると、平均点は上がっても尖った人が出てこなくなります。」
「戦略構築能力は学習して身に付ける必要があります。日々の勉強の仕方としては、例えば新聞の一面トップ記事や雑誌の特集記事を読む。それによって、時代の風を取り込み、課題を自分に置き換え、わが社に置き換え、日本、世界に置き換える。そういう訓練をずっとやっていくことが、戦略を構築する上では非常に大事。」
「会話がうまく進むかどうかは準備によって5割決まる。」
「自分が教えを乞うときは同じ目線で敬語を使い、きちんと頭を下げて話すのは当然の礼儀である。それは社内でも同じことだ。自分が若い社員に何か教えてもらうときは社長室に呼ぶのではなく、各フロアにある打ち合わせ室へ行って話を聞くようにしている。」
「対面した相手と距離を縮めるために、私は目線の高さを合わせて話をするように意識している。たとえば、私が社員の職場へ行って話をしようとすると、相手はこちらに合わせて立ち上がろうとするだろう。これでは目線の付置が違ってしまう。そこでデスクの脇にあるゴミ箱に座って話をする。そうすると椅子に座っている社員とちょうど同じ目線の高さになる。」
「私にとって、人にお目にかかって聞く話の内容はすべて勉強の材料である。新聞や雑誌でおもしろいと思う発言をしている人がいれば会いに行く。先日、島忠の山下視希夫社長が「プライベートブランドはやりません」と発言しているのを新聞で読んだ。興味を持ったのですぐに電話して会いに行き、お話を聞かせていただいた。」
「最初に誰かと会うとき、何も情報を持たずに「はじめまして。これまで何をされてきたんですか」と接するのと、会話のきっかけとなる情報を持ち「最近、○○しているそうですね」などと入っていくのとでは、その後の雰囲気は大きく異なってくる。」
「俺も社長から「こんな企画ダメだ!」と2回続けて突き返されたことがある。でもメゲずにもう1回持っていったら、さすがに社長も根負けして「わかった、わかった、やってみろ」と最後は認めてくれた。だから一度であきらめるなよ。」
「時間があれば現場に行って社員と話し、夜は一杯飲むようにしています。社員の人となりを知って、同時に自分のこともわかってもらう。これがいい風土づくりの第一歩。それには社長が雲の上の人ではダメなのです。」
「何であっても相手の話題に興味を持ち、素直に感心することが大切です。仕事に関係ない話であっても、無駄などと思ってはいけません。そもそも、何が無駄で何が無駄じゃないかなんて、あとになってみなければわからないのです。」
「部下との会話にユーモアを挟み込む際は、相手と同じところまで目線を下げることを忘れてはならない。自分は上司だから、役員だからといって、相手を見下すような気持ちがあると、せっかくのユーモアも「どうだ、俺の話は面白いだろう」という自画自賛の押しつけになってしまう。これでは、知識や教養をひけらかすだけの嫌み葱上司でしかなく、もちろん尊敬もされない。」
「私は今、国内外を合わせると年間100日近くの出張をこなしています。また、商談や打ち合わせ等が刻々と入り、空き時間はほとんどありません。よく、課長や部長になりたての人が「忙しくて時間が足りない」とこぼすことがありますが、役職が上がれば責任が重くなり、やるべきことが増えるのは当たり前のこと。仕事が増えて時間が足りないのは、能力が足りない証拠です。時間が足りないと不満を口にするよりも、時間を濃くすることで自分の時間をつくり出すことが大切でしょう。」
樋口廣太郎(86年3月社長就任) の信条
「チャンスは貯金できない」
<泉谷会長の特筆したい一文>
「パワーなければ運もこない。」
「モノは一生売れるわけではない。」
「一度であきらめるなよ。」
「相手に対して「苦手だ」と思えば、相手も瞬時にそう思います。」
「不幸を招くのは半分は自分の考え方が原因です」
「悔しさがバネになる」
「新しい需要は必ず掘り起こせる。」
「知らないことが増えるのが成長」
「お客さまだけでなく敵に対しても謙虚でなければいけません。」
「名刺も配られていなかった工場勤務の人にも、新しいロゴ入りの名刺を渡す。CIで最も劇的に変身してくれたのは、そうした現場で働く人たちだった。」
「最終的に取引が成立するかどうかは、人間関係が築けるかどうかによるところが大きい。」
「仕事が増えて時間が足りないのは、能力が足りない証拠。
時間を濃くすることで自分の時間を作り出すことが大切。」
国内飲料市場は少子高齢化の影響を受け、成長に限界がありますが、カギとなるのは海外進出なのだそうです。
アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO 泉谷直木(いずみや なおき)氏のためになるお話でした
アサヒグループホールディングス株式会社
http://www.asahigroup-holdings.com/
藤川奈々ホームページ
http://www.nanafujikawa.com
藤川奈々Instagram
https://www.instagram.com/nanayakko/?hl=ja
吉本営業センター
http://www.yoshimoto.co.jp/corp/guide/talent.html
泉谷会長、素晴らしかったです
1時間半の講演も、話し足りないと、延長で2時間話して下さり。
講演会のあとの懇親会も、2時間、立ちっぱなしで、名刺交換の行列のひとりひとりの目を見て話され、記念撮影、懇親会がお開きになるまでずーーーーっと立ちっぱなしで沢山のお客様と談笑されていました。
大企業の代表取締役会長 兼 CEOでいらっしゃるので、乾杯の挨拶をしたらすぐにお帰りになるかと思いきや。
そして、笑い顔
笑顔が素晴らしいのです
営業志望だったが、博多工場の倉庫係からスタートしたという異色のキャリアの持ち主。
乾杯のご発声のあと、ビールの美味しい飲み方を伝授下さった泉谷会長。
ビール瓶の蓋は叩かない。ビール瓶を叩かない。ビールを注ぐ時にグラスを傾けない。泡を蓋にして飲む。
なるほど~ビールを注ぐ時にグラスを傾けないんですね。
きょうまでずっと傾けていました
アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO 泉谷直木(いずみや なおき)氏
京都府出身。高校では応援部で団長に。京都産業大学法学部卒業後、アサヒビールに入社。広報部長、経営戦略部長、取締役、常務酒類本部長、専務を経てアサヒビール社長。その後、アサヒグループホールディングス社長を務めた。
さて、ためになる言葉があり過ぎて、、、
ブログは短めにと母に言われましたが、今回はすみません。
ここからは長くなります。
私も心に残る言葉を記録に残し、読み返したいですし、
ここからは、ためになる言葉を知りたいという方はご覧下さい。
長いです
<アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO(最高経営責任者)泉谷直木(いずみや なおき)氏の講演一部>
経営戦略本部。提案して作ってもらった初代部長。
人事の仕事をしたいと、人事担当になった。
何の為に何をやるのか。
ひとりじゃできない。
ひとりひとりが楽しめる。
感動が共有できる。
もぐらたたきが速いから決して優秀なのではない。
もぐらたたきの機械の裏に入って見てみる人が頼もしい。
優秀とデキる人は違う。
威張る人は伸びない。
謙虚。
モノは一生売れるわけではない。
コストダウンも限界がある。
社員生き生き、商品生き生き、お客様生き生き、は巡ってゆく。
パワーなければ運もこない。
海外の取り扱いは国内とケタが違う。
毎年毎年、方針が変わってゆく。
ブレない軸を持っていないとブレる。
ブレないトップ。
金太郎集団→桃太郎集団へ。いろんな人間がいないと。
きびだんごは成績上げたらあげる。
社長が一番偉いわけではない。
社長より頭のいいヤツがいなくてはいけない。
×俺の時代
×かつての俺は
語らない。
社長はパイロット。
会長は尾翼。
尾翼の調整をしてブレーキかける時はかける。
社長交代してからまだブレーキをかけた事はない。
優秀な社員がなぜつまづくのか。
プレッシャー与えて潰れる。
デキる人ほどストレス溜まる。
デキない人はストレス溜まらない。
不安感を取り除いてあげる。
したい仕事と会社の仕事が一致。
レベルが上がる為にサポート。
×ほうれんそう(報告、相談、連絡)
○そうれんほう 相談から始める。
リーダーとボスは違う。
リーダーの仕事は開かれている。導く。
ボスは閉じられている。権限に、下はビビる。
リーダーを求めている。
×ボスを作る。
リーダーとは、会社が好き。部下に愛情注げる人。
リーダーは尊敬されるが、好まれるとは限らない。
人間の感情、合う合わないがある。
×部下を管理する。
自分で面白い経営者に電話して会いに行く。
秘書を通さず。秘書驚く。
相手は買収に来た!と大騒ぎ(笑)
自販機を置いてもらっているのにと営業に怒られる(笑)
新任役員研修を2日間、資料なしでやる。
役員だろう?役員になった気持ちは?何が変わったか?
部下に対しては?
社会に対しては?
お得意様に対しては?
責任は?
使命感は?
など、質問を10個ぶつける。
質問だけで研修が終わる。
質問は200個くらい考えておく。
使うのは20~30個。
なぜ?を5回。
僕が勉強してゆく。
30の質問を考えてゆくと10のパワーが。
200の質問を考えてゆくと100のパワーが。
無限の可能性に挑戦する。
弱みは社長の夢を語っていない。
社長が飽きると社員がついてこない。
想像力がなくなるとコケル。
暗い時どうする?!
先行き明るければ頑張れる。
暗い時、夕日ビールと呼ばれた。
負け戦(いくさ)ばかりやっていると×
社員100人で富士山に登った。
8合目で20人へたってきた。
1時間、休憩するか。
スケジュールが狂うが待つか。
富士山頂上のご来光を一緒に見て、同じ感動を共有する。
同じ感動を共有できないと、へたった20人は村八分に。
80人は遠慮して感動できない。
環境に打ち勝てる経営戦略が取れるか。
部下を使って目標達成できるか。
ついてくる魅力があるか。
カリスマ性は勉強しても作れない。
経験から出てくる直感。
切り開いて道を作るのがリーダー。
アサヒは急速に伸びて、1000人が中途入社。
専務に中途入社が2人。
女性社長2人。
女性社長になって2ヵ月、社風、文化がどう変わっているのか。
どうなっているか見に行く。
会社、部下に対する愛情を持っているか。
自分が許せない一線(プライド)を持っているか。
旬の内に、ピークになる前、上がり目で引き継ぐ。
バトンタッチが早いのが良い。
<アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO 泉谷直木(いずみや なおき)氏物語>
大学3年の2月、スキーから帰ってくると、友人たちが「就職の内定をもらった」と口にした。
慌てて大学の就職課へ行き、募集書類をめくると、あいうえお順で朝日麦酒が出てきた。
関西では名の通った会社で、食品分野は面白そうだと思い、就職課に「受けてみたい」と言う。
だが、申し込み期限の前日で、学長の推薦状が間に合わず、ゼミの先生の家まで行き書いてもらう。
そういう経緯だから、会社訪問をしたこともないし、受けたのは1社だけ。これも縁だろう、と思う。
入社当時に味わった「下位メーカー」としての悔しさがバネとなっている。
企業広報畑が長く、「スーパードライ」のヒットを広報企画課長として支え、テレビCMでは作家の落合信彦氏を起用。「1日の仕事の締めくくりに飲むビール」との商品像を訴えた。
読書家で、労働組合専従の時には約150冊の「活動報告書」を読みあさり、組合の古参や会社経営陣と対等に話をできるようにした。
2010年の社長就任以降、清涼飲料大手のカルピスや海外企業の買収などを通じてグループ全体の業容を拡大。構造改革も進め成長軌道に乗せた。
<どん底を味わった企業の底力>
業界シェアが10%を下回り、業績の悪化から工場閉鎖に追い込まれた時期もあった。
そこに至るまでの約30年間にわたる、経営者や社員たちの苦闘の日々。
全社に危機感が浸透した時、大きな転機が訪れる。
コーポレートアイデンティティー(CI)導入をきっかけに、
全社一丸となって危機打開に向けて動き始めた。
満40歳だった泉谷直木氏。
1989年元旦、会社は社名を朝日麦酒からアサヒビールに変えた。
ロゴマークも、朝日が水平線に浮かぶ「旭日」から、鮮やかな青字の「Asahi」に。
コーポレート・アイデンティティー(CI)活動の展開に、道筋をつける役を果たした。
当時、CIと言えば、社名やロゴを変える「見た目」の変化が中心だった。
だが、書を読むと、どうもそうではない。
全社員の意識と行動、商品の在り方まで見直して、新たな企業像を生み出していくことだ、と思った。
ビール業界には、70年代に市場シェアが6割を超した「ガリバー」がいた。
朝日麦酒の業績は低迷し、社内には危機感が広がっていた。
ただ、どうしたらいいのかとなると、誰もわからない。
コンサルタント会社には「会社そのものが、賞味期限が切れている」とまで診断された。
「旭日」のロゴを変えるとともに、「ほろ苦い」というビールの味も変えるべきだ、となった。
これには、年上世代は反対だ。
そこで、消費者5000人に対して、味の調査を実施した。
どちらの主張がニーズと合致するか。世の中に問いかけた。
「味にコクがあり、のど越しにキレがある」という新商品が決まる。
社名やロゴを新しくしても、業績が回復する前だから、大きく広告を打てない。
社員は約2700人。彼らが一歩、社外へ出れば、多様な場面でいろいろな人に会う。
そこが「宣伝」の場になる、と考えた。
それまで名刺も配られていなかった工場勤務の人にも、新しいロゴ入りの名刺を渡す。
同じ仲間として一体感を持ってもらうためだったが、CIで最も劇的に変身してくれたのは、
そうした現場で働く人たちだった。
10年から6年間の社長時代に、アサヒグループのグローバル展開(世界的規模であるさま)を果敢に進めたのが泉谷直木氏。
「偉大なトップの教えを直接受けることができて、会社の中でも自分ほど運のいい奴はいないかもしれません」
<社長在任6年でバトンタッチした理由>
「代わるべき潮目を見極めての判断。適切な時機を示す潮目は経営が上り調子の時に出てくる。ここで交代すれば、次の社長も成功するというタイミングをとらえなくては駄目。峠を越えてからでは、潮目と思っても、それは落ちて行く境目にすぎない。
自分で業績を下げておいて、後任の社長に「お前、けしからんぞ」と言うのは、潮目の読み間違え。経営者として旬が過ぎているのに居座ると、会社をおかしくする。
長期政権はいい面と悪い面があり、一番の問題は、社長がリーダーシップを発揮すればするほど、経験知が社長にしか貯まらなくなる事。
次々と入れ替わる役員は、社長とは圧倒的に差がある。
経験知の浅い人が社長になったら、必ず業績に揺り戻しがくる。
社長の任期は6年がちょうど良い。
昔から、社長になったその日から後継者の育成が社長の一番大事な仕事だと言う。
社長がどれだけ名声を博してスターになるかが、注目されがち。
組織は、業績が持続するようにきちんとつないで行くことが重要。
リレーの選手はバトンを渡す時、スピードを落とさないのと同じ。
好調な時に交代する潮目をどう見つけるかが、経営者の務め。
なぜ私が会長で、CEOを自分に残したのか。
「泉谷は未練があって、まだ権力を握っている」と見る人もいる。
「あいつは本当に我慢できるのか。任せたと言うが、あのタイプでは絶対に前に出てくる」と言う人もいる。
役割分担を自らに課している。
執行部門は社長に任せて、私はその最終責任を負う。
これはCEOとしての覚悟。
自分で執行を全部やって全責任を負うのはいいですが、
今度は人に任せて責任を取る、その覚悟が本当にあるのか、
人間としてできるのかと自問した。
経営環境の変化は激しく、私は時代に合わせて会社を持ち株会社制に変え、
アサヒグループホールディングスの初代社長に。
グローバル(世界的規模であるさま)に打って出て、持ち株会社には先輩がいないので、
慣れないことを勉強しながらずっとやってきた。
そういう中で交代したので、どこかで何かが起こったら、
向こう2、3年は私が責任を取らなければいかんと覚悟して、CEOを残した。
だから私はいつまでもCEOを握っていようとは思っていない。
とはいえ有事の際には、私も立ち向かわなければならない。
それだけの実力と度量、人間性があるのか。会長になったときに自戒した。
有事には、天変地異から、どこかから買収を仕掛けられることまで。
対処するには、経験知が要る。年齢と経験知の量だけは仕方がない。
社長がいかに優秀でも越えられない点。
それを役立てられるところは、私が出ていかなければならないと思っている。
もちろん社長を中心にして。
一歩退いて社長をしっかりバックアップする。
有事においても社長を前面に押し立てて、私は後ろで下働きをする。
会長兼CEOとして私は、その度量と責任を取る覚悟を求められる。
後任に選んだ小路善明社長は労働組合の私の後の後の書記長。
アサヒが最も厳しい時代に書記長をやっている。
私は組合を6年、彼は10年。
当時、業績がどんどん悪化して、まずグループ会社で合理化問題が起きて、
次に本体でも起きたため、やはり経験知がないと対応できなくて、ずるずると延びた。
彼は非常に苦労していますから、私は互いに共感するものがある。
<アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO 泉谷直木(いずみや なおき)氏の名言集>
「経営者自身が成長しなければ組織は強くならない」
「競争に負けて、会社がおかしくなるのではない。ライバルに点を取られるよりも、自分の失点の方が多いのではないか。」
「現役のビジネスパーソンでいる限りは、成長し続けたい。」
「いままでと同じやり方では対抗できない。新しいやり方をする必要がある。」
「新しい需要は必ず掘り起こせる。」
「どんなに良いときでもミスがあり、どんなに悪いときでもチャンスがある。」
「いま見えている現象をきちんと掴み、対応していく。その積み重ねが、結果的に、見えない時代を見えるようにしていく。」
「実行して恥をかいたり、冷や汗をかいたりする経験が必要。頭で勉強して、体で覚えることが大切。」
「自分の得意技を1つ作れば、だんだんほかの技が付いてくるようになる。基本形をビシッと持つと、それに対して応用の幅が広がる。」
「嫌な仕事でも拒んだら駄目。追い込まれることもありますが、そこを超えたときの力が一番大きい。」
「組織とは要するに人の集まりですから、個人の力をいかに高めるかに焦点を当てなければいけない。」
「会計上の数字に表れない会社の資産はいろいろありますが、人材は非常に大事な含み資産です。」
「経営者がいくら旗振りをしても現場が動かなければ回っていかない。だからまず大事なのは現場。」
「動いているものを予測しながら仮説を立てて、手を先に打っていく。そうしなければ、よそよりも速く手が打てない。」
「同じパターンでは成功しない。新しいことをやるときは新しいリーダーで臨む。」
「知らないことが減るのが成長だといわれますが、僕は逆で、知らないことが増えるのが成長だと思っている。」
「どんなに厳しいときでも、チャンスはある。」
「危機感がなければ、いつでも会社は潰れます。そのためにも、現場に行き、謙虚に事実と向き合うことが非常に重要。」
「従来の延長線上ではない時代がくる。いままでと同じことをやっていたのでは対抗できない。」
「最終的に取引が成立するかどうかは、人間関係が築けるかどうかによるところが大きい。」
「今は、今日ある仕事が明日もあるとは限らない時代です。一つの仕事を長年しているだけの「ベテラン」では通用しません。」
「社長の仕事は毎日が挑戦の日々です。重要問題を先送りしてサボったら、結局、リスクが手に負えないほど大きくなってしまう。」
「相手についての話題から共通の話題に移っていければ、すぐに共通の土俵に上がることができる。」
「頭で考え、ハートを燃やし、腹をくくり、足を使って現場を歩き、最後に口で話すのが社長の仕事であり、私はずっとそうしてきた。」
「人間は気持ちで仕事をし、気持ちで生きている。」
「社内外を問わず、他の分野では私より優れた能力を持つ人は沢山いる。私は全能の神ではないので、様々な能力を持つ人から話を聞き、学び続けなくてはならない。」
「人間には苦手なことも沢山あるが、できない事を悩むよりできる事を伸ばしたほうがいい。」
「僕は基本的に自信のある人生ではない。常にチャレンジし、懸命にやっていく。」
「同じ商品でも、新しい飲み方を提案すれば、需要を掘り起こせる。」
「企業は人。一人ひとりの能力を上げて、組織全体を強くしていかなくてはいけない。」
「知恵を出して、何としても前へ進んでいかなくてはいけない。」
「常に自分がベストと思える水準で仕事をすることを当たり前にする。部下から見ると流して仕事しているか、ベストを尽くしているかは一目瞭然です。成長が止まった上司の背中を見る価値はない。」
「十種競技ならトップの私の点数が一番高く金メダルをとるかもしれないが、個々の種目においては私よりももっと高い記録を出す人がいる。そんな集団が一番強いの。だから、各部門で私を超える社員を作ることが私の社員教育の基本方針。」
「意欲のある人に、より多くの支援をするのは当然でしょう。機会をつかまえるのは個人の能力です。私はどんどん機会を提供するので、社員にはどんどん手を挙げて欲しい。」
「手法を学んでも、それを使えなければ意味がありません。身につけた手法を自分の血肉とするには、何より経験を積むことが大切です。」
「人間は忘れる動物です。自分の頭に原理・原則を叩きこむには、繰り返し手で書くことをお勧めします。手で書いて記録し、記憶するのです。」
「世の中は様々な情報に満ちています。玉石混交(良いものと悪いもの、優れたものと劣ったものが入り混じっている事)の中から、有用な情報を見つけて整理し、ビジネスに役立てるにはどうすればいいのか。それは努力と経験によってビジネスの勘を磨いていく方法しかありません。」
「僕はスピーチの原稿をすべて自分で書きます。といっても、主な目的は頭の中の整理をすることで、スピーチ本番では何も持たずに話します。」
「時間が貴重なのはトップだけではありません。気を付けているのは、部下を待たせないようにすることです。たとえば、電子メールを書きかけているところへ、報告のために部下がやってきたとき、僕は絶対に後にしてくれとは言いません。自分の仕事は自分の生活の中で調整できますが、部下を待たせたらその分だけ彼の仕事がストップします。会社にとって損失です。だから僕は、部下がやってきたらすぐに手を止めて報告を聞きます。」
「部下との雑談の機会はなるべく増やすようにしています。スケジュールを社員に公開し、社長室のドアをいつもオープンにしているのもその一環です。それで社員がやってきたら、たとえメールを打っている最中でも手を止めて、その場で必ず話を聞きます。さすがに社長室に茶飲み話に来る人はいません。皆きちんと準備をし、それなりの心構えでやってきます。だから、話を聞けば必ず仕事のヒントが見つかります。それなのに忙しいからと後回しにしたり、断わったりしたらもったいないじゃありませんか。自分の時間は自分さえ工夫すれば、あとでいくらでも取り返しがきくのですから。」
「仕事のスケジュール調整はほとんど秘書に任せています。来客であれ社内の打ち合わせであれ、要請があったものは基本的に全部受けてくださいと頼んであります。これは歴代社長のやり方から学んだことです。」
「予定を受けるときには、ひとつだけ注文を付けています。事前に資料を用意し、面談の目的を明確にしてほしいということです。資料がないとか、説明の焦点がぼやけているようなときは、もう一度考え直してもらいます。というのも、社長という仕事は猛烈に忙しく、漫然とした会合に時間を費やすわけにはいかないからです。」
「私はどんな場合でも、好奇心を優先させて「この人、好き」と考えます。対人関係ではYESからしか入らないのです。相手に対して「苦手だ」と思えば、相手も瞬時にそう思います。商売であれ社内の関係であれ、どんな場合でもそうです。昔は私もそれで苦い思いをしましたが、不幸を招くのは半分は自分の考え方が原因ですよ。」
「大企業で上に立つには哲学が不可欠です。同時に現場で一緒に汗をかく必要も痛切に感じました。現場では若手と酒を酌み交わしつつ深く話をするようにしています。そして、若者から聞いた意見をときに生かしてやり、部下たちが自信をもって仕事に打ち込めるよう心がけています。」
「初めて部下を持ってみて感じたことは、彼らにとって働きがいがあって、面白い職場にしてやりたいということでした。もちろん上層部の指示にはきちんと応えたいけれど、私は金太郎アメ型の組織が嫌いでして。むしろ、イヌ、サル、キジがそれぞれの強みを発揮する金太郎軍団みたいに、個性ある部下たちをまとめていきたいという考えでした。」
「相手から学ぶという姿勢が大事です。お客さまだけでなく敵に対しても謙虚でなければいけません。もちろん勝負ですから、それだけではなく傲慢なところも必要です。ただ、忘れてはいけないのは、我々の目的は敵と戦うことではない、ということです。根幹の仕事は、あくまでもお客様との満足関係を高めることです。結果として勝ち負けがつきますが、敵だけを意識しているとお客様が見えなくなってしまう。それだけは避けなければいけません。」
「我々メーカーは、商品を作り流通させるために工場を持ち、従業員を雇用しますが、そのコストを最終的に全部負担しているのはお客様。だからお客様に対して謙虚でなければいけません。」
「陸上競技のリレーと同じで、経営を渡す方も受け取る方もフルスピードであることが大事。渡すタイミングがわかるのは信頼関係があってこそ。後任に「青天の霹靂」などと言われるようなトップ交代をしてはいけない。」
「機会は等しく全員に与えますが、その機会を自分でつかもうとする人にしか手はかけません。人材育成で全員の底上げだけをやっていると、平均点は上がっても尖った人が出てこなくなります。」
「戦略構築能力は学習して身に付ける必要があります。日々の勉強の仕方としては、例えば新聞の一面トップ記事や雑誌の特集記事を読む。それによって、時代の風を取り込み、課題を自分に置き換え、わが社に置き換え、日本、世界に置き換える。そういう訓練をずっとやっていくことが、戦略を構築する上では非常に大事。」
「会話がうまく進むかどうかは準備によって5割決まる。」
「自分が教えを乞うときは同じ目線で敬語を使い、きちんと頭を下げて話すのは当然の礼儀である。それは社内でも同じことだ。自分が若い社員に何か教えてもらうときは社長室に呼ぶのではなく、各フロアにある打ち合わせ室へ行って話を聞くようにしている。」
「対面した相手と距離を縮めるために、私は目線の高さを合わせて話をするように意識している。たとえば、私が社員の職場へ行って話をしようとすると、相手はこちらに合わせて立ち上がろうとするだろう。これでは目線の付置が違ってしまう。そこでデスクの脇にあるゴミ箱に座って話をする。そうすると椅子に座っている社員とちょうど同じ目線の高さになる。」
「私にとって、人にお目にかかって聞く話の内容はすべて勉強の材料である。新聞や雑誌でおもしろいと思う発言をしている人がいれば会いに行く。先日、島忠の山下視希夫社長が「プライベートブランドはやりません」と発言しているのを新聞で読んだ。興味を持ったのですぐに電話して会いに行き、お話を聞かせていただいた。」
「最初に誰かと会うとき、何も情報を持たずに「はじめまして。これまで何をされてきたんですか」と接するのと、会話のきっかけとなる情報を持ち「最近、○○しているそうですね」などと入っていくのとでは、その後の雰囲気は大きく異なってくる。」
「俺も社長から「こんな企画ダメだ!」と2回続けて突き返されたことがある。でもメゲずにもう1回持っていったら、さすがに社長も根負けして「わかった、わかった、やってみろ」と最後は認めてくれた。だから一度であきらめるなよ。」
「時間があれば現場に行って社員と話し、夜は一杯飲むようにしています。社員の人となりを知って、同時に自分のこともわかってもらう。これがいい風土づくりの第一歩。それには社長が雲の上の人ではダメなのです。」
「何であっても相手の話題に興味を持ち、素直に感心することが大切です。仕事に関係ない話であっても、無駄などと思ってはいけません。そもそも、何が無駄で何が無駄じゃないかなんて、あとになってみなければわからないのです。」
「部下との会話にユーモアを挟み込む際は、相手と同じところまで目線を下げることを忘れてはならない。自分は上司だから、役員だからといって、相手を見下すような気持ちがあると、せっかくのユーモアも「どうだ、俺の話は面白いだろう」という自画自賛の押しつけになってしまう。これでは、知識や教養をひけらかすだけの嫌み葱上司でしかなく、もちろん尊敬もされない。」
「私は今、国内外を合わせると年間100日近くの出張をこなしています。また、商談や打ち合わせ等が刻々と入り、空き時間はほとんどありません。よく、課長や部長になりたての人が「忙しくて時間が足りない」とこぼすことがありますが、役職が上がれば責任が重くなり、やるべきことが増えるのは当たり前のこと。仕事が増えて時間が足りないのは、能力が足りない証拠です。時間が足りないと不満を口にするよりも、時間を濃くすることで自分の時間をつくり出すことが大切でしょう。」
樋口廣太郎(86年3月社長就任) の信条
「チャンスは貯金できない」
<泉谷会長の特筆したい一文>
「パワーなければ運もこない。」
「モノは一生売れるわけではない。」
「一度であきらめるなよ。」
「相手に対して「苦手だ」と思えば、相手も瞬時にそう思います。」
「不幸を招くのは半分は自分の考え方が原因です」
「悔しさがバネになる」
「新しい需要は必ず掘り起こせる。」
「知らないことが増えるのが成長」
「お客さまだけでなく敵に対しても謙虚でなければいけません。」
「名刺も配られていなかった工場勤務の人にも、新しいロゴ入りの名刺を渡す。CIで最も劇的に変身してくれたのは、そうした現場で働く人たちだった。」
「最終的に取引が成立するかどうかは、人間関係が築けるかどうかによるところが大きい。」
「仕事が増えて時間が足りないのは、能力が足りない証拠。
時間を濃くすることで自分の時間を作り出すことが大切。」
国内飲料市場は少子高齢化の影響を受け、成長に限界がありますが、カギとなるのは海外進出なのだそうです。
アサヒグループホールディングス株式会社 代表取締役会長 兼 CEO 泉谷直木(いずみや なおき)氏のためになるお話でした
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