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「母は痴呆で・・・去年の母の日の後 一度施設に会いに行った時、既にオイラのこと覚えてないのか・・・
 寂しかったです・・・あれから 会いに行ってません・・・一年ぶりに会いに行こうかと・・・」

昨日、書いて頂きました。もうひとつ・・・

「母は痴呆症でホームに入っています。もう娘の私の事などわかりません。
 食事もさっき食べたばかりなのに、また食べると言い・・・
 ある日、私の息子と娘がお見舞いに来ました。遠く離れた場所に引っ越すのでおばあちゃんに会いにきました。
「おばあちゃん、僕、転勤で引っ越す事になったからね。それから婚約したんだよ。」
「おばあちゃん、私、結婚する事になったのよ。」
 すると、何もかもわからなかった母が、こう言ったのです!
「おばあちゃんはもう結婚式には行けないけど、幸せになるんだよ。おめでとう。」
 痴呆が進んでいる母なのに、孫への気持ちははっきり残っていたのです。私たちは泣きました・・・」

次にこれまで何度かご紹介したお話です。特別養護老人ホーム江戸川光照苑の苑長さんに教わりました・・・


<母が認知症になった。>

施設には入れずに、自宅で介護を続けてきた。
施設の見学には行ったが、施設のことが詳しく分かれば分かるほど、
母をそこに入れることが不憫に思えた。

3年後。懸命な介護にもかかわらず、母の認知症は進んだ。
その頃には私も介護に疲れ、少しのことでイラつくようになっていた。

ある日、家の庭に野良猫がやってきた。
母は猫を指差し、「あれは何だい?」と訪ねてきた。
私は「あれは猫だよ。」と、少し冷たく答えた。

母は1分もしないうちに私に訪ねた。「あれは何だい?」
「母さん。さっき言ったろ?あれは猫だよ。」私は少しイライラしていた。

母はまたすぐに言った。「ねぇ、あれは何?」
私は感情にまかせて母を怒鳴った。
「母さん!何度も言ってるだろ!あれは猫だよ!!分からないの!!」

母は恐れるような眼で私を見つめ、それからは黙っていた。

その後すぐに、私は母を施設に入れることにした。

母の荷物をまとめるために部屋を整理していると、古いノートが何冊も出てきた。
パラパラとめくって中身を見ると、それは母の日記で、
私を産んでから数年間、毎日のように書かれたものであった。

私はハッとした。

それを読んでも母を施設に入れる気持ちは変わらないと思ったが、
なんだか申し訳ない気持ちになって、なんとなく読み始めていた。

内容はありふれたもので、
『私が初めて〇〇をした。』というようなことがほとんどであった。

私は大した感動をすることもなく1冊目を読み終えると、
2冊目の日記を手に取り、読み始めた。

6月3日。
もうすぐ4歳になる息子と公園に行くと、
1羽のハクセキレイが目の前に飛んできた。
息子は「あれは何て言う鳥?」と、私に何回も何回も訊いてきた。
私はその度に「あれはセキレイって言うんだよ。」と、言って息子を抱きしめた。
何度も訊いてくれることが、私をこんなに穏やかにしてくれるなんて。
この子が生まれてきてくれてよかった。
ありがとう。

読み終わった私の目には涙があふれ、
母のもとに駆け寄り、やさしく抱きしめながら泣きじゃくった。
母は、そんな私をただやさしく撫でていた・・・




もし、お母さんが自分をわからなくなったら・・・
淋しいけど、私は母を覚えているので、愛おしく、看病すると思います・・・

<昨日、書いて頂いたお話番外編>
物干し竿で星を取ろうとしていた間抜けな息子に、親がたまらず
『ばかだな そんなもので届くか。屋根に登れ』

5月13日、日曜日は母の日。家族を振り返る日になりますように・・・