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赤毛のなっちゅん ―宝塚を愛し、舞台に生きた妹・大浦みずきに  
中央公論新社 内藤 啓子 (著)

華やかな宝塚トップスターの素顔、童謡『サッちゃん』の父との少女時代、
そして、癌闘病と看取り…家族の絆、人との出会いが胸を打つ、実のお姉様の書き下ろしエッセイです。

・結婚式で新郎に間違えられた妹
・宝塚で初めて役がつくと、流された噂
・宝塚を辞めたい病に何度も襲われた
・童謡『サッちゃん』の真実
・宝塚相手役との真実
・高汐巴さんとの関係
・下級生からの直訴
・宝塚へ「下級生を使って下さい」
・退団がスッパ抜かれた真実
・誤診
・治療法をめぐって姉妹で大喧嘩
・がん患者に向かって「自業自得だ」と言った医師
・ファンにカミングアウト、悲鳴、、、

第1章 別れの会
第2章 子どもの頃
第3章 宝塚
第4章 花組時代
第5章 独り立ち
第6章 病気..


 
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誤診がわかっても「そういう病気があって、苦しんでる人がいるってことを知っただけでも良かった」と・・・
がんの症状が一層進んだことを告げられた時「先生、言うのつらかったでしょ」と逆に主治医を慰め・・・
親しい人の訃報に「やっと、ラクになれたんだね」・・・
生きるか死ぬかの、自分が一番しんどい時に人を思いやれる、最期までスター・大浦みずきだった・・・


 
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誰もなつめさんが悪口を言っているのを見た事がなかった。人に意地悪をしない、助けてあげたい人だった。


 
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元宝塚花組トップスター・大浦みずきさん(本名・阪田なつめ)を知って、宝塚が好きになった。
宝塚で、ダンス、日舞、タンゴ、ジャズ、シャンソン、すべてを知った。
そのおかげで、仕事にも繋がった。人脈もできた。すべてが宝塚から始まった。


 
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「未来に繋がる希望がないと、治るものも治らない」
「まだ、綺麗なうちに舞台に出たい」


 
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2009年11月14日、午前7時、肺がん。永眠。冷たい小雨の降る朝だった。
なつめさんを乗せた寝台車は、東京宝塚劇場と、帝国劇場を回り、少しだけ停車し、窓を開けてお別れをした。
ちょうど、宝塚では花組公演が。帝劇では出演していた「レ・ミセラブル」の公演だった。
背中が痛いと、仰向けで眠れなかった身体を、やっと、ゆっくり伸ばして眠れる様になった・・・

53歳で急逝した元宝塚のトップスターの半生を、一周忌に寄せてお姉様が綴りました。
闘病記・舞台史だけではない、家族愛に満ちた心温まる1冊でした。
詩人、小説家、児童文学作家で、芥川賞作家の父上、阪田寛夫さんの文才を引き継ぐ様な書き方。
ユーモアも交え、泣いたり、笑ったりと忙しく読みました・・・多くの方に読んで頂きたいです・・・

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