イメージ 1

佐賀県武雄市「がばい武雄物産まつり」のステージにて楽しい司会者、それが市長さんでした!
ユーモアたっぷりで、その司会ぶりに皆ビックリ!その市長さんが本を出しますキラキラ


 
イメージ 2

「首長パンチ」12月8日(水)発売!「思うがまま、はっきりと書きました。」(講談社)
佐賀県・武雄市民、そして、市外・県外・日本中から感動の声、声、声!
「絶対に市役所なんか就職したくないと思っていたけど、いまは選択肢のひとつにいいかなって」
「行政を海外に売りたい、なんてどーゆーこと? がんばれ! ムチャ振り市長!!」
「いやあ~市長、闘ってますね~、ボクでもリコールまでは受けない」(某有名知事)
「たわしではありません。ひ・わたしです」

ひょんなことから故郷・佐賀県武雄市の市長に立候補してしまった青年が、現職を破り奇跡の当選??
次々とユニークな「まちおこし策」を打ち出し、一躍、脚光を浴びるものの、
役所の古参幹部、自民や共産市議、医師会、地元マスコミのドン……
次々と立ちはだかる難敵とのガチンコ大バトルの末、ついにリコール再選挙!
ダメダメ日本を元気にする愛と感動のノンストップ冒険物語

【首長】シュチョウ
ある集団・団体・組織の長。主宰者。狭義では、地方自治体の長(知事、市長、町長)を指す。
行政関係者は「クビチョウ」と呼ぶ。
「とほほとは何ですか、とほほとは! あんたね、武雄の未来をよくしたいと言って市長になったんでしょう。
この町の未来にとって決定的に重要な問題を解決できないのなら、市長なんか辞めてしまわれたらどうですか」
(本文より)

著者について
樋渡啓祐(ひわたし・けいすけ)
1969年佐賀県武雄市生まれ。佐賀県武雄市長、日本ツイッター学会会長。93年東京大学経済学部卒業後、
総務庁に入省、
大阪府高槻市市長公室長への出向などを経て、総務省大臣官房秘書課課長補佐を最後に、同省を退職。
2006年、佐賀県武雄市長選に立候補。現職市長を大差で破り、全国最年少市長として注目を浴びる。
テレビドラマ『佐賀のがばいばあちゃん』のロケ誘致、レモングラス、いのしし肉などの特産品化、及びその販売促進、おばあちゃんボーカルグループ『GABBA』上海万博公演などユニークなアイディアを連発し、武雄市の活性化に貢献する。
武雄市はいまや日本でいちばん視察ツアーの多い自治体に。
著書に『「力強い」地方づくりのための、あえて「力弱い」戦略論』(ベネッセコーポレーション)がある。

【目次】
第一章 沖縄のおばあに泡盛をかけられた
第二章 官邸から大阪へ
第三章 最年少市長と佐賀のがばいばあちゃん課
第四章 医師会というパンドラの箱

市長さんも戦ってるんやね。大きな壁が沢山あるんやね。
私は”観光大使”に任命して頂き、今、事の重大さを感じ始めました。
先日も、武雄に滞在して、疑問に思う事があり、これはどうかなと頭を抱えた事がありました。
「感じた事を言うのも仕事」「より魅力的な観光地にする事も大切」とのコメントも頂き、当事者に電話をしました。
結果、自分の思いが伝わって、想像しなかった相手の思いも聞けて良かったです。
何も言わないで避けるより、きちんと思いを伝えてスッキリするのは大事と思いました。
市長さんの様に、佐賀県武雄市の町の為を思うならば、意見を言うのも大事ですね。

市長さんのブログで知りました。村上春樹さん「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」
夢を見るために、毎朝目覚める。嫌々起きるより、うんと楽しいですね!これから毎朝そう目覚めたいですね。

武雄市長物語 武雄市長樋渡啓祐(ひわたし・けいすけ)のブログ いつも本音をズバッと書かれています。
http://hiwa1118.exblog.jp/


 
イメージ 3

がばい武雄物産まつり、武雄市観光大使任命式。観光協会大坪会長と樋渡市長と。


 
イメージ 4

武雄のご縁を下さった、マッサージランドゆとりの石橋妙子先生にスピーチをして頂きました。ムチャ振りで。


 
イメージ 5

石橋妙子先生の歌を聞きにカラオケへ♪
妙子先生は、かつてCDを出し、武雄温泉駅に列車が着くと、先生の歌が流れていたそうです。
画面に出る歌詞を耳元で伝えて、歌われます。「for you」と「空港」を歌われました。ソプラノが綺麗~キラキラ

石橋妙子先生の歌声、ほんのちょっとだけ。
http://www.youtube.com/watch?v=C_RgjKSJ10Y


 
イメージ 6

私は佐賀県武雄市観光大使の任命証を頂いたので、妙子先生には、カラオケ大使任命証を渡しました~
心が綺麗で、いつも前向きで、いつも明るい妙子先生のメッセージを聞ける事も武雄にとっての財産です。
温泉で身体を癒して、妙子先生のマッサージとメッセージで心の洗濯を多くの人にして頂けたらと思います。

※石橋妙子先生:18歳でサッカーボールが目に当たり失明。30歳で乳がんを乗り越え結婚。
  男の子と女の子を出産。二人とも成人。医学の進歩に期待し、子どもの顔をひと目でも見たいと切に願う。
  現在、マッサージランドゆとりに勤務。センター長を務める。

※この記事の転載、コピーは禁止です。