…拉致


後で考えればそれに当たる行為です。

黒いアルファードっぽい車の一番後ろの逃げられない席に無理矢理積み込まれ、
『今から名古屋の専門家の所に行く。
君は病気だから治療が必要だ。
お母さんは後から新幹線で来るから安心しなさい。』

と言われて誤魔化され、
あたしは信用するしかありませんでした。

車に乗せられるまでに
何回も殴られたりしたので怖かったのもありました。

二時間とちょっと

着いたと言われて見た景色…

記憶にうっすら残る何か…

施設!?

昔ニュースになってた所!?

嫌!!!
殺される!!!!!
殺される!!!!!!!!!!


半狂乱状態で降ろされるのを拒みました。

でも駄目。

相手が強すぎる。
後で聞いた話しでは、
私を運んだ人達は
大阪の格闘技団体、
コブ○会の人達だったみたいです。


護送屋…
と生徒達は呼んでました。

他にも護送をしている団体は各地にあるとか…



暴れまくりながら
戸○ヨットスクールの二階の部屋へ投げ込まれました。

その日の記憶は
今でも戻りません。

暴れまくったみたいです。

殺されたくない一心やったと思います。


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4月1日
寒さの残る季節。

婚約破棄と同時に
妊娠中絶。


あの日咲いていた桜が忘れられません。


中絶手術をした数日後、

婚約していた相手のお父様から罵倒を浴びせられた記憶はうっすら残っています。


生みたくて生みたくて仕方なかった中での中絶。


耐え難い出来事でした。


半狂乱…

状態でしたね。

『死ぬ死ぬ~!!』


と繰り返していました。



それから2週間程の記憶は残っていません。



4月12日 朝
いつもなら午前9時には仕事で出ていくはずの母が、
なかなか出ていかず電話で誰かとやり取りをしていました

私はうつ病状態だったので、
身の置き場もなく

寒かったので

リビングのヒーターの前に座ってみたり

自室の中に入ってみたりを繰り返していました。

今日は仕事に入るのが遅いのかなぁ…
程度に思ってました。


どうしても寂しくなり

母に話しかけると
『寒いやろうからこれ着とき』
って手編みの薄緑のセーターを着せてくれました。

母のお気に入りのセーターだったので
母の香りがしました。


ホッとする香りでした。



9時半過ぎ


自室にいた私にも聞こえるような男の人の声で
『あっちですか??』


と聞こえた瞬間

部屋の扉が開き、
私は羽交い締めにされました。

あれが戸◎ヨットスクールとの始まりでした。





続きは3で…
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