Vocalist 形岡七恵 -毎日の中で-
  • 12Aug
    • 夏休みの記録

      楽しいことはあっという間に終わってしまう。4日から広島に三日間滞在して、仲間たちと被曝跡地を歩きまわり、改めて原爆投下がもたらした恐ろしさや残酷さを感じてきた。6日の朝6時。平和式典前の公園はすでに準備やお参りの人たちが大勢集まっていた。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」が刻まれた石が側に立てかけられたこのお墓は無縁墓でもあるようで、名前も確認されぬまま亡くなっていった人たちが眠っているのだそうだ。私たちが歩いた場所が当時どんな状況だったのか、仲間と話しながら何度も平和公園のまわりを歩いた。広島に来るのは5回目くらいだと思うが、広島の地形や位置関係など知らないことがたくさんあることを思い知った。何度訪れても、何度被爆者の話を聞いても、すべてをわかることはできない。だからこそ何度でも訪れてて何度でも話を聞いて、被爆者の願いを受け継いでいくことが私たちの役割なのだと思う。今度は私たちもただ参加するだけでなく、運動を積み重ねてから世界大会に持っていきたいねと話した。広島は暑かった。めちゃくちゃ暑かった。だけど風は涼しかった。何度その風に癒されたことか。そして山口へ。言い尽くせないほど実家での数日間は楽しかった。母の畑は宝の山。ピカピカの野菜がたくさん大きくなっいた。子どもたちは毎日プール。すごく日焼けして背丈も少し伸びたような。なかなか休み気分が抜けずやることはたくさんあって忙しいため心身ともにちょっと辛い。実家で母と一緒に詰めた畑の野菜が昨日届いたから、それを食べて元気を出そう。

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  • 04Aug
    • 10年ぶり

      10年ぶりの原水爆禁止世界大会に参加するため広島を訪れている。さぞかし暑かろうと思ってきたが、川からの風が気持ちよく、東京よりもずっと過ごしやすい。原爆ドームに来たのも10年ぶり。修繕などのためどうしても当時のままとはいかないものの、被爆地の象徴としてあり続けていることに変わりはない。子どもを産んで以来初めての世界大会。今回は、放射能から子どもを守る会で一緒に活動してきた仲間と来ることができ、これまでとは違った感慨深さがある。国内外の代表者の発言一つひとつに、歴史が前に進んでいることを実感することができた。移動もありばたばたと過ぎていった1日だったが、子どもがいない解放感と仲間たちと広島に来ることができた嬉しさで興奮気味だ。明日は分科会と夜は女性のつどいがあり盛りだくさん。いろんな人と出会い交流できることを期待している。広島駅で両親に預かってもらい、私よりも一足先に山口に帰った子どもたち。電話してみると私がいなくても全然平気な様子。声だけを聞くと二人ともまだまだ幼いことを実感したりした。明日は今日よりも暑くなるというのでそれに備えて寝ることにしよう。

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  • 30Jul
    • One piece

      毎日家で練習したり、英語の勉強をするのは多少困難を伴う。朝、出かける前の30分英語の勉強をするのだが、ご飯が終わった後着替えも支度も歯みがきもしていない子どもたちがぐだぐだしていると無視しようにもなかなかできず、ついヤキモキしてしまう。ママはいないものだと思ってと言っても当然無駄であれこれ話しかけてくる。夕方は、子どもたちが帰ってくるまでの1時間は、家に一人になれる貴重な時間。そして夜、夕飯や片付けが終わったと30分ほど再び練習に向かうのだが、やはりここでも子どもたちがいるのでなかなか集中が難しい。ママ、〇〇がけってきたとか、ママ、〇〇がやめって言ってるのにやめてくれないとそれぞれの苦情を訴えてくる。ママに言わないで、直接本人に言えばいいでしょママにどうしろって言うの!と怒鳴る私。怒りを抑えて、譜面に戻る。この切り替えはけっこう難しい。気持ちはイライラで爆発しそうなのに、目の前にある曲は美しいラブバラード。気持ちが入らない…。そんなとき思い出すのが、先日参加したギラ・ジルカさんのワークショップで、ギラさんが言って下さった言葉だ。今の私が一体何を表現できるというのだろうかと思ってしまい、ライブをやりたい気持ちはあるけどなかなか踏み出せない、という話をしたら、子どもを叱りつけて、こんな自分じゃなかったはずなのにって思いながら、愛の歌をうたうというのはなかなか難しいと思う、だけど、だからこそ音楽に戻ってきてほしい音楽で自分を取り戻してほしいと言ってくれたのだった。心に「one piece」をはめてあげて、と。子どもを産んでから、なんで自分はもっと頑張れないんだろう、とかこんなに下手なんだろうとか、自分を否定するようなことばかり思ってきた。だけどこのワークショップをはじめ、この間友だちとたくさん話をすることを通して、充分やってきたよ、とやっと自分を許してやることができたのだった。もちろん足りないことなんて言いだしたらきりがなく、イライラを当たり散らして家族には申し訳ない気持ちもあるが、これまで否定してきた自分を受け止められるようになったというのは大きな変化だ。これまで踏み出せなかったことにも少しずつ挑戦している今、生きているのが楽になったなと感じる。気温の変化で身体は少し疲れ気味。今週末には広島へ。10年ぶりの広島、原水爆禁止世界大会。どんな出会いがあるのか楽しみだ。広島は暑いだろうな。

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  • 24Jul
    • 自分の声

      夏休みに突入。お弁当地獄が始まった。まま、デザートいれてとせがんでくる息子。パイナップル買っていたことを思いだし、娘に切り方を調べてもらって(ジブリの「食べものがいっぱい」より)急いで切ってやった。よっぽどうれしかったらしく、弁当袋から取り出し、ふたをあけて確かめていた。ところで先日ちらっと書いたが、友だちが紹介してくれたヴォイストレーニングに行ってきた。ここ数年、私は自分の声を見失いつつあった。太い声の方が良いのか、柔らかめの高い方がいいのか…どっちが私らしい声なんだろうと。最初の短い発声で、先生は私がどんなタイプの声なのか言い当てた。舌が下がりすぎていること、息を必要以上に使いすぎていて喉の筋力を使えていないこと、鼻に息がぬけてしまっていることが原因なんだそうだ。どの音域でも同じ幅で同じ大きさで声を出せるようにと、舌をつかんだり、鼻をつまんだりしながらの発声練習。これまで以上に腹を使う。くせがなかなか取れない。この練習をすごくたくさん繰り返せば、筋肉が使い方を覚えてきます、と先生。このヴォイストレーニングは、ハリウッド発祥のトレーニングでライセンスがなければトレーナーになれないんだそうだ。実際、名のあるアーティストが通うことも多くあるようで、レッスンはかなりの競争率。今回受けることができたのも友だちの紹介があったからで本当にありがたいなと感じた。自分の声なのにコントロールできない、自分の声なのにどれが本当かわからないって変な感じ。でももし、本来の声でうたえるようになれたとしたら、私の人生変わるかもと思うくらい、声にはコンプレックスが強い。どこまで変わる事ができるかはわからないけど、自分の可能性にわくわくしている。

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  • 22Jul
    • 誕生日の贈り物

      ある日曜日の夜、娘が気持ち悪いと言って起きてきたかと思ったら、おえーと嘔吐。私のヨガマットの上に…。洗ったものの、跡は残りその部分が硬くなってしまった。そしたら夫が私が前から欲しがっていたブラックマットを買ってくれた。初心者の私にはもったいない気もするけど一生物と言われているマット、これを敷いただけでヨガモード全開。まだおろしたてで滑るけどじきに慣れていくだろう。昨日は兄からも思わぬプレゼントが届いた。うれしくて涙。職場友人からも。両親からはマヌカハニーが届き姉も送ってくれてるとのこと。みんなありがとう。今日は仲良しの子が紹介してくれたヴォイストレーニングに行ってきた。何年も自分の声がわからなくなっていた私。今日のレッスンでこの声もどうにかなるのかも、と展望が持てた。色々とやりくりをして定期的に通いたいと思う。

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  • 19Jul
    • 36歳 年女

      早朝ヨガクラスに参加してからのクロワッサンで朝食。どこのセレブかって感じだけどその足でせっせと時給を稼ぎにアルバイトへ。今日は私の誕生日。36歳年女。一年前、35歳になったとき私はとても気分が落ち込んでいた。この年になって、キャリアもない、貯金もない、何もないじゃん私と。でも、私にもあった。私だけの何かが。この一年、自分から積極的に人に会うようになってたくさん色んな人と話してそう思えることができた。家族、両親、素晴らしい友人たちに感謝の気持ちでいっぱいだ。9月に2年ぶりくらいになるライブが決定。ご一緒するのはギラ・ジルカさんのヴォーカルワークショップでお会いしたピアニストの深井克則さん。詳細はまた追々お知らせします。とても光栄に思っています。今からどきどきがとまらない…。ブログもかなり滞っていたので、もう少し更新していけるようにしたい。暑い毎日。被災地の方たち、大丈夫だろうかと心配が続く。みなさんも充分にお気を付けて。

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  • 06Jun
    • 絵本の時間

      息子は面倒くさがって宿題をしないことが多い。学童で勉強タイムが設けられているはずなのに、どうしてやってこないのだろうかと思い、迎えに行ったときに学童の先生に聞いたことがある。すると、うちでやるって言い張るので…家ではいっさいやってません!やるように言ってください。そうだったんですね、わかりました。では明日からは学童でやるように言いますね。と約束してくれて、それからは学童でやってくるようになった。やってない日もあるようだが。宿題と言っても、ひらがな一文字の練習プリント一枚片面だけなのにすすんではやろうとしなかった。字が読めるようになるには時間がかかりそうだと思っていたのだが、最近、絵本を自分で読みたがるようになった。まだ読めないひらがなもありとてもゆっくりだが、自分で読めることがうれしいようで、学ぶことそのものが嫌なわけではなさそうだ。私もすごく眠たくて、息子の音読に付き合いながら寝入ってしまうこともあるのだが、一生懸命読む姿がかわいいので読めない字を教えながら見守る。娘はいらいらするようだが。学校の音読の宿題もあるはずだが、それはしようとしない。やはり自分が読みたいと思ったものを読むのが楽しいのだろう。そりゃそうだよね。こないだは「どろぼうがっこうのうんどうかい」昨日は「りんごかもしれない」どちらも私もお気に入り。娘に読んでいるのは「紳士とおばけ氏」。子どもたちが大好きで私も読んでいてとても楽しい1冊。今日は何の本を選ぶかな。

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  • 01Jun
    • 『それから』

      試写会に行ってきた。韓国映画『それから』。ホン・サンス監督、主演キム・ミニ。このポスターを見るとさぞかし情緒ある物語であろうと想像していたのだが、実際は思ってたのとはずいぶん違って、どうしようもない中年男の不倫生活を切り取った、なんでもない話だった。二人の人間が対面で会話しているシーンがほとんどで1カットが長いのが特徴的だった。現在と一か月前の場面が交互に出てくるのでこれがいつのことなのか観客は戸惑わされる。時間の流れが理解できたとき、物語の中での勘違いによる衝突や思わぬ遭遇が滑稽さを増して観客を笑わせる。本人達はいたって真剣に向き合っている問題も、客観的に見ると笑えてしまうという、そんな人間の愛すべき滑稽さを切り取ったような映画だ。女優のキム・ミニ。スタイルもよく美しく、とても魅力的な人だ。この監督とタッグを組んだ作品が、今後次々と公開される予定なのでそれらも楽しみだ。一緒に行った子が終わったあとお茶をごちそうしてくれた。その子が一緒に行こうと引っ張ってくれなかったらたぶん行かなかった。というのもその2日前にも夜出かけたので流石に申し訳ないかなと思って。どこかで子どもを置いて母親が出かけることに罪悪感を感じてしまう。これが仕事だったらこんな風には感じないのかな。いや多分仕事でも悪いなと思うだろうな。夫が仕事で遅くなるのは当たり前のように受け入れるのにどうしてだろう。私の中にもいつのまにか母親はうちにいるべき、みたいな価値観が染みついているのかもしれない。にしても外に出かけると興奮して夜眠れなくなってしまう。一週間のうち二日もそんなことがあると金曜日の今日まで眠くて眠くて仕方がない。これも歳のせいかしら。疲れてしまったのは事実だが5月は本当にいろんな人にあってたくさん話すことができてすごく楽しかった。気持ちが軽くなった気がする。自分の気持ちに素直にあらゆる制限を取り除いて力を抜いて暮らしていけたらいいなと思う。早くも実家のある山口は梅雨入りしたそうな。東京ももう間もなくかな。

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  • 28May
    • スケッチブックと万年筆

      子どもたちが何か買ってくれと言うのでお給料も入ったし、スケッチブックを買ってやった。娘はB4サイズ、息子は手のひらサイズ。息子には子ども用の万年筆を一緒に。娘が入学したときに、私からプレゼントした万年筆。同じものを息子にも買ってあげると約束していたのにずっと買えずにいたので、昨日レジのそばで見つけてプレゼント包装してもらった。学校の宿題は面倒くさがって自分からやることはないが、万年筆と新しいスケッチブックを手にした息子は俄然はりきって、虫の本にルーペをあてて文章を写したり、動物のテレビを見てその内容を文字にしたり。まま、てってどうやってかくの。どってどうやってかくのよってどうやってかくのと、一文字一文字聞いてくるので面倒くさいなと思いながらも、一生懸命な姿はかわいかった。娘はというと、買ってやった日の夜、一人窓を見ながら何か書いていると思いきや、何編かの詩をつくっていた。どれも、いつも娘が感じているんだろうなと思えるような素直な詩で我が子ながらとても感心した。絵を描くことが好きな娘は、そこにイラストも描いて、ちょっとした詩集のようになった。そんな娘から、少し遅れての母の日のプレゼントをもらった。写真左の巾着袋。裏地もついていて、留め具は糸が巻かれていたやつに娘が布を巻いて再利用。うちにある材料だけでちくちくと縫っていた。右側は去年くれたもの。財布入れにしてねっていうのから、いつもこれに財布を入れてたんすにしまうようにしている。今年の巾着袋は何に使おうかな。父の日にも夫に何かつくってあげるとはりきっていた。大事にしよ。

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  • 21May
    • 出かける

      昨日は、夫が久しぶりに日曜日に休みを取ってくれたので、留守を頼んで友達に誘われた呼吸のワークショップに参加した。よくわからない部分も多かったが、やはり呼吸を整えて自分でコントロールできるようになることが自分には必要だなということを再認識できた。日曜日に夫が休みなら家族とゆっくり過ごしたいと思うのが常なのだが、せっかくの機会だからと思って、思い切って参加してみた。先日は、十年ぶりに友だちに連絡してご飯を食べることができて、今夜も十年ぶりくらいに元バイト仲間たちと会う予定で、来週も数ヶ月に一回集まっている飲み仲間たちと会う予定で、6月は久しぶりにヴォーカルのワークショップに参加する予定で、そのついで学生時代の仲良しの友だちと会う予定で、そしたら今度は別の友だちからも会おうという連絡をもらって…。と、ここ最近誘ったり誘われたりということが連続し、予定が5月~6月にかけて集中してしまった。夜でかけたり、土日に家族と別行動をするということになんとなく億劫さやちょっとした罪悪感を感じてきた私が、こんなに人と会ったりイベントに参加したりということはあまりなかったことなのだが、どうしてか最近は、積極的に出かけようという気持ちがわいている。夜出かけるとか土日に出かけるとかいうと、夫のスケジュールをまず確認しなければいけないし、夫がだめな場合、夫の両親にお願いできるかどうか確認してもらわなければいけないし、いざ外出できるとなっても夕飯はどうするかを考えないといけないし、いくつか超えなければならない小さなハードルがある。それを一つひとつ解消していくことに、大変な億劫さを感じていたわけだ。でも私は思った。なぜ、いつも夫が遅くなる日や土日は私が家にいることが前提になっているのかと。たまには、私が夫に予定を合わせてもらって私が出かけてもいいんじゃないと。夫は仕事だから仕方がないと言われてしまえばそれまでだが、私だって出かけたいことだってある。無条件に私が出かけることをあきらめたり遠慮したりする必要もないだろうと。一応弁護しておくが夫が私にうちにいるよう強要することはない。出かけたいと言えば、どうにかして出かけられるようにしてくれる。問題は私の中にあっただけ。もちろん、だからといって好き放題しても良いとは思っていない。そこはバランスをよく見なければいけないということは重々承知している。夫婦関係はそういうのが大事だ。私がいないと子どもたちは少しだけ寂しがるけど、今日はおばあちゃんが家にきてくれるからね、と言ったらすごく喜んでいたのでほっとした。それにしても昨日はいい天気だった。子どもたちはパパと浅草まで自転車ででかけていって、公園で遊んだり、ソーダを飲んでぼーとしたり、蜂だ蜂だといって大騒ぎしたり、楽しく過ごしたようだった。また家族で休日出かける時間を持てたらいいのだけれど、なかなか予定が合わないことが多い。子どもの成長にともなって一緒に過ごす時間はどんどん短くなってきてるわけだから、やはり家族の時間も大事にしたいものだ。今日は風が気持ちいいな。暑いけど、5月の風が吹いている。この季節が続いているうちに、みんなで出かけられる日があるといい。

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  • 18May
    • 息子 嘔吐する

      昨日、6時過ぎにいつもの通り学童保育に息子を迎えに行くと息子が毛布をかけて横になっていた。お腹が痛いと言って横になったら寝入っちゃったんですと先生。声をかけたら息子が起き上がった。ままぁ きもちわるい半泣きで訴えてきた。どこまで本当なのかよくわからないけど、早く帰ろうね、と自転車で家に向かっていたらままぁ はきそう…と言ったかと思ったら間もなく嘔吐した。大丈夫?!と私もびっくり。急いで家に帰ってシャワーで洗ってやるとだいぶスッキリした様子で、素麺なら食べたいというので夕飯に用意したのだが、2〜3口だけ食べてごちそうさま。ふとんにねたいというので寝せたのだが、またしばらくして気持ち悪くて眠れないという。居間で横にさせて、気持ち悪かったらこれに吐いてねと言ってビニール袋を用意してやったら、ほどなくしてまた嘔吐。だいぶ具合が悪そうだったがちょっとすると寝入ってしまった。朝になるとだいぶ元気になった様子。朝ごはんはおかゆを一口食べただけだったが、念のため医者に診てもらったらもう元気だから大丈夫でしょうとのこと。明らかに元気だもんな、確かに。おかし食べたいとからラーメン食べたいとか調子のいいことを言う息子。そんなもん食べちゃダメに決まってるでしょ。学校行けたんじゃないかなと思うくらいの回復だ。多分、季節はずれの暑さに体がびっくりしたんだろう。ずっと具合が悪いままだと心配だし、元気になったらなったでうるさいし、なんでこうも極端なんだかうちの息子は。今日は練習したくて仕事休んだんだけどな。仕方がない、子どものことで思うようにいかないことは多々あることだ。うるさいけど元気な方が安心だし。明日は遠足。おやつを食べられることだけを楽しみにしている息子。この様子だと無事に行けそうだ。おやつの量は減らしなさいと釘は刺したが。楽しい遠足になるといい。雨が降りませんように。

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  • 16May
    • 高畑さんお別れ会

      昨日、高畑勲さんのお別れ会に行ってきた。直接関わりを持ったことのない、いち一般市民の私だが、思っていた以上に幼い頃から親しんできた作品の作者を失うことの寂しさは大きかった。どうして高畑さんはいつまでも元気でいてくれると信じていたんだろう。ずっと元気でいてほしかったからに違いないのだが。行くかどうか、午前中まで悩んでいた。行ってもすごい混雑で結局献花できないまま終わるんじゃないかと思っていたから。それでも様子だけでも見られたらいいと思い、仕事を早退させてもらい行ってきた。思いのほか、三鷹駅から会場のジブリ美術館までのバスは空いていた。そして美術館に着いても人はまばらだった。椅子が並べられたテントに案内され、そこで10分程度の高畑さんの人生をふり返る映像を見ながら待機。その後、美術館一階に設けられた献花台に順番に花を供える。二階に続くその階段には高畑さんの穏やかな笑顔の写真が掲げられ様々な色とりどりの花々で囲まれていた。一階の展示室には高畑さんの著作などが展示され、そこから中庭に抜けると幼い頃のものを含め写真が何枚もボードに貼られ飾られていた。高畑さんが多くの人たちと生き生きとアニメーションを製作してきた様子を垣間見ることができた。私の想像とは正反対の、整然とした静かなお別れ会だった。それを取り仕切ったジブリ美術館や葬儀屋さんの技量に驚いた。一般のファンがこんな形でお別れできる機会を設けてくれたことに感謝したい。そして私が行きたいと言えば快くいいよと言ってくれて夕飯も作ってくれた夫よ、ありがとう。息子さんの言葉より、高畑さんが望んだ「人間が人それぞれの個性と、育てられた社会的、文化的背景をお互いに理解し、尊重する。そして、それらは活かし、助け合い、譲り合って、小さいものや弱いものも安心して、暮らしていける世の中」を実現すべく、私も自分の生を全うしたい。

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  • 15May
    • 前川喜平さんのお話

      ゴールデンウィーク明けからの頭痛がなかなかすっきりと治ってくれない。季節外れの気候に身体がついていかないのかもしれない。先日、新日本婦人の会主催で開かれた前川喜平さんの講演を聞きに行った。前川さんは今や追っかけがつくほどの人気らしくどこの講演もすぐにいっぱいになるとのうわさは聞いたが、私が参加した講演も会場一杯の参加者だった。テーマは「憲法と教育」について。わかりやすくユーモラスな語り口で日本の教育の問題点と今後の展望について話して下さった。とくに2006年の第一次安倍内閣で教育基本法が改定された際、道徳心、愛国心を育てることを目標とし個人よりも国家を重んじた内容に変えられたというお話は学校教育に強い違和感を感じてきた一人の親として大変腑に落ちる内容だった。今年度より道徳が教科化された問題についても、NHKのクローズアップ現代で報道された現場の授業の様子を例に挙げながら、何が問題かを明確にしてくれた。一番の問題点は検定教科書。その内容は特定の価値観を子どもに植え付ける内容になっているという。しかし、クローズアップ現代では、教員のやり方一つで何が正義なのかなどクラスで議論するきっかけをつくることができるということを伝えていた、と前川さん。また評価の面では、点数によってではなく記述式で個人内評価(その生徒が授業前と後ではどう成長したか)とすることは、文科省が守った基準なんだとか。それでも現場の先生達は、クラスの生徒一人ひとりにそれをしなければならないとなるとかなり大変になるだろうと話されていた。最後に、戦前の教育を再興させようとする政治が推し進められる中でも子どもたちを尊重することに重点を置いた公立の不登校特例校があるという話をしてくださった。まだ全国で4校だけだが、ここでは授業内容をその日決めるというようなかなり柔軟な方針で教育が進められているという。東京都内にそういった学校が一つでも多くできれば、どれだけの子どもや親が救われるだろう。やわらなか感受性を持った子どもたちや傷つきやすい。一生懸命その環境に順応しようとする。その子どもたちに、そのままでいいんだよと伝えてやりたい。そんな風に思える学校に通わせてやりたい。今すぐに実現することではない。だから今の環境から子どもたちの個性を伸ばしてやりたいと色々といつも考えているが、前川さんのお話はそんな私を勇気づけてくれる内容だった。時間をつくって参加してよかった。暑い日が続く。さわやかな5月はどこへ行った。そのうち春と秋はなくなってしまうんでないだろうか。と絶望的なことを考えてしまう。でもきっとそこにも展望があるはず。それを見いだしたい。

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  • 10May
    • 弱虫太郎

      昨日娘とお風呂に入っているとき、娘が好きなお話について話し始めた。道徳の教科書に載っている「弱虫太郎」という話が大好きなんだという。太郎はいつも子どもにからかわれても何も言い返さない太郎には仲良しの白い渡り鳥がいたある日狩りが大好きな殿様が何も捕らえられず不機嫌でいるところにその渡り鳥を見つけ、矢を放とうとしたので太郎が身体を張って渡り鳥を助けたという話なんだけどねすごく励まされるから大好きなんだよ他にもね、好きなお話いっぱいある心があったかくなるんだいやなものはいやだって言っていんだって思えるんだよそうだね、本は勇気をくれるし優しい気持ちにもさせてくれる力を持ってるよね。その喜びを知った娘に私は喜びを覚えた。こうして自分の世界を広げていくのだろう。一方息子の小学校生活に私は相変わらず不安を抱いているの宿題が出ているのに今日はないというし筆箱を開ければ鉛筆は一本も入ってないし…。でも学童には学校から一人で歩いて行けるようになったらしくそこはびびりの姉と違ってやはり怖いものしらず。なかなかしっかりしている。愉快な子どもたち。今日はどんな話を持って帰ってくるかしら。

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  • 08May
    • 連休

      五月の連休に旅行に行くなんて、いつぶりだろう。たいてい都内に出かけて終わることが多かったのだが、今年は「新日本婦人の会」の仲間たちと上田市の保養所に滞在してきた。3・11の原発事故以降、放射能の子どもへの影響を心配した方たちが有志で始められた「子どもの保養サポート・上田」は、子どもたちの保養のために会費の1000円と光熱費大人一日500円で民家を提供している。(ほよさぽ)基本的な調味料や生活に必要な電化製品や布団は揃っており時々NPOの方がご飯を作って下さったり手作りのお菓子を提供して下さったりといたれりつくせり。私たちは三家族で参加し、茨城県からもう一家族いらしていたので全部で四家族で、一軒家の一階に四日間は決して充分な広さとは言えなかったけど、大家族のようににぎやかに楽しく過ごした。主婦が集まって一緒に台所に立つと、各家庭の知恵やレシピをおすそわけしてもらったり、それぞれの日常的な悩みや子どものことなど、忙しく手を動かしながらもおしゃべりも絶えまなく、普段では得られない時間を過ごせた。滞在中は天気が崩れることはなく、毎晩徒歩10分の温泉に行き、子どもたちは朝から近くの公園で遊び息子はたんぼに落ち、娘は小さな沼に足をつっこみ…履き替えの靴はもってきてなかったのだけれど他の子のサンダルを借りて過ごし。山々に囲まれて風はからっとしていて本当に気持ちのいい四日間だった。三日目には念願の無言館へ行くこともできた。若くしてどことも知れない戦地で命を落とした美学生たちの静かな情熱と叫びが残された作品から聞こえてくるようだった。子どもたちはそばの公園で毎日海賊ごっこ。ごっこ遊びをしているときは一度もけんかにならなかったのが面白い。「ともしび博物館」で火おこし体験をしたりろうそく造りをしたり。いつもあきっぽい息子も煙が出てくるまで頑張って火を起こしていた。娘もそれに負けまいと何度も挑戦していた。あっという間の四日間。家事があったので決してのんびりはできなかったけど、さわやかな空気と雄大な山々の景色に癒やされ、母親同士の絆を深めることもできた。旅の疲れで昨日まで久しぶりの頭痛が辛かったけど、気持ちはとても軽くなってさわやかな気分。有効期限はどれくらいかわからないけど、しばらく楽しく暮らせそうだ。みなさんに感謝。ありがとうございました。

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  • 27Apr
    • はなまる

      先日、娘との帰り道、社会科の課題で調べたいことがある、というのでいつもより時間があったこともあり図書館に寄った。その課題とは、区役所やコミュニティセンターといった公共施設について調べてみようというもので、やってもやらなくてもどちらでもいいという課題だった。しかし意外と公共施設について調べられるような子ども向けの本はなく、家に帰ることにした。そのすがら、そうだ、ばばに聞いて見たらいいよ。ばばはずっと市役所で働いてたから教えてくれるよということで、夕食時スカイプでばばに早速質問。役所は何をする所か教えて下さい。難しいねえと頭をかかえていた母だがしばらくして説明し始めた。戸籍のこと、それが元になって学校や保育園に入れることなど。聞き終わった娘は、すごくわかりやすかったとうれしそうな様子。さすが元部長さんです。食べ終わったあと、早速自由帳に聞いた内容をメモしていた。そして昨日、先生にそれを見せたらしく、ノートにはなまるをもらって帰ってきた。提出したのは娘だけだったらしい。娘の真面目さに感心。それを母の助言でできたというのもうれしく。子育てをしていると、こんな小さな幸せが時々舞い込んでくる。3年生になり、新に社会科と理科が加わり、娘はそれがとても楽しいらしい。1、2年のときは勉強がつまらないと繰り返し言っていたのでうれしい変化だ。一方、新一年生の息子はべんきょうめんどくさいとぼやている。まだひらがなしかやっていないのにそんなことでどうする…と少し不安がよぎる。寝ていたり、鉛筆削りで遊んでいたりして先生によく叱られている様子。そういう性格だから仕方ない。これからの成長を長い目で見守るしかない。あと少ししたら連休で、友達家族と上田へ行く。体調を整えてみんなが元気に当日を迎えたいものだ。

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  • 23Apr
    • 週末

      以前も書いたことがあったが、不定期で新潮講座の「ポエトリーカフェ」に参加している。講師は、詩の伝道師のpippoさん。先週の金曜日、先月に引き続き参加してきた。テーマ詩人は新川和江。現在88歳で今なおご活躍中で、名実ともに日本を代表する詩人だそうだ。私は新川和江さんのことを知らないと思っていたのだが、先日参加してみて一つだけ読んだことがあることがわかった。それは「名づけられた葉」。この詩はいくつかの合唱曲としてつくられており、私がうたった曲も中学生の合唱曲として有名らしいのだが、まさに私が中学生のとき、市の合唱際でうたった曲の一つだったのだ。当時あまり詩の意味を理解できていなかったけれど、なぜかずっと忘れられず、大人になった今でも時々思い出すことがあるのだった。ポエトリーカフェで改めて読んでみて、なんとも瑞々しく生命力に満ちた詩だと感じた。新川さんの自然の中から言葉を紡ぎつくられた作品の数々。常に自分らしい表現、もっともっといい表現をと情熱を燃やして書かれてきた力強くも繊細で愛のある詩と新川さんの生き様に圧倒されてしまった。ポエトリーカフェに参加して、もう10回を数えただろうか。参加者も同じ様な顔ぶれなことが多く、だいぶ気心が知れてきた。最初は、詩を読んで感想を言うことに緊張していたが、徐々に慣れてきて、参加者のみなさんと感じたことを共有し合うのがとても楽しく感じる。それぞれの人生で経験した話に及ぶことも多く、とても興味深い。みんな詩や俳句、和歌などを作って自己表現していると知り、私も本腰を入れて、詩を書く時間を作ろうと決めた。多くの時間はもてないけどゼロよりもいいだろう。週末は忙しかった。子どもたちの学校の公開授業や太鼓練習、その合間合間に子どもたちのわがままやけんかにプチプチ切れて…。時に主婦は気がつくと何時間も移動したり家事をしたりして、ろくに腰を下ろす時間もなかったおいうことがしばしばある。昨日は一日そんな感じだったのでとても疲れた。久しぶりに(?)夫にものすごくぐちってしまった。そんなこともあるさ(そんなことばっかりさ)。ぐちったあとは、顔を上げて口角を上げて、私はハッピーだと自分に暗示をかける。すると少しましになる。機嫌が悪いままよりいいだろう。今日は曇り空。帰る時まで雨がふりませんように。

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  • 17Apr
    • 福島

      昨日の朝、娘の機嫌の悪さときたら…何が気にくわないのかぐずぐずと泣いてふてくされて、登校班の集合時間に間に合わず、一緒に駅まで先回りしてみんなを待つ間も、私が先に行くときまでずっとだった。午後は半休をもらって家で子どもたちの帰りを待っていた。もう帰ってきてもいいころだろうと思いベランダからのぞいてみると、手をつないで帰ってくる二人の姿が見えた。しばらくしてただいまあと元気な声で玄関を開けて入ってきた。どうやらご機嫌ななめはなおったようだ。〇〇ちゃんち遊びに行っていい?土日に福島までバスツアーに行ったから子どもたちも少し休ませた方がいいかと思い午後帰ってきたのに、遊びにいくんかいな。二人でなにやら準備をして30分ほどしてその子が迎えに来てくれて、三人で出かけていった。福島に行くことは、いろいろと躊躇していた。前々日に娘が発熱したことも重なり、当日の朝、娘の体調を見るまで最終決定はしないという判断で土曜日の朝を迎えたが、普段以上に元気な様子を見て行く事に決めた。放射能汚染への不安、長時間のバス移動への不安。でも帰ってきた今言えることは、行ってよかった、行かないとわからないことがあるんだということだ。被災者や訴訟の現状のお話をしてくださったかんけさん、原発労働者について話して下さった渡辺さん、二日目、バスに一緒に乗っていわき市から浪江町まで北上し、帰宅困難区域が解除された町、解除されていない町を案内してくださった工藤さん、40年以上原発反対運動をしてきた早川さん。みなさんの言葉とその言葉の端々にこぼれ落ちる、悲しみや苦しさ、悔しさ、かすかな希望。この目で見た、人が誰もいなくなった放置された街、津波で流され更地になった元の住宅地、そんな中、着々と進められる道路工事。それらは現地に行かなければ見ることも感じることもできない、生々しい7年後の福島の今だった。みなさん、福島に来てくれたことがうれしいとおっしゃっていた。震災後6年目から一気に足を運ぶ人が減ったという。でも、道路の復興は進んでいても、人々の生活は何一つ戻ってきていない。私たちは一緒に考え続けなければいけないと思う。福島のことを、避難した人たちのことを。東京で何ができるか、一緒にいった仲間と考えて必ずまた来年、福島に行きたいと思う。詳しい報告はまた後日。

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  • 12Apr
    • 子は親の鏡

      昨日、ジャズピアニスト「秋吉敏子米寿記念コンサート」を子どもたちも連れて聞きに行った。ヒールを履き、背筋を伸ばし舞台に登場した秋吉さん。早速、いつもコンサートの時は最初に弾くという"My Long Yellow Load"を弾き始めた。その力強くも繊細で、美しいハーモニーとメロディを奏でる様子は、とても88歳とは信じがたい姿だった。全部で9曲くらいだっただろうか。何人かのレジェンドとも呼べるジャズミュージシャンたちとの思い出やエピソードを交えながらのお話を挟みつつ、秋吉敏子さんの世界にどっぷりとつかった1時間半。もし秋吉さんが60歳だったら、ただただ音楽の素晴らしに感嘆していただろう。しかし88歳。ご本人曰く「ピアノの鍵盤と同じ数」。驚異的だ。ピアノのテクニックはもちろんのこと、音楽への情熱と探究心は衰えるどころか、燃え続けているのだろうと感じさせる演奏だった。もし長生きができるなら、あんな風にしゃんとして、自分のやりたいことを追い求め続けることができる生き方がしたいものだ。しかしやはり子連れということで色々と面倒なこともあった。そもそも夜出かけるのが嫌いな娘は、今日は自分が好きなテレビを観る日なのに(息子と日替わりで好きなものを観るという決まりになっている)観られなかったと泣き始めたり、会場が暑い暑いと文句を言ったり、ペットボトルの水を息子が飲み干してしまったことに怒り出したり、ものすごい顔をゆがめてふにゃふにゃふにゃふにゃ文句ばっかり。そのいかにも気にくわないという表情を見る度に私のイライラもどんどん上昇。なんであんたは文句ばっかりなの。どこまでやったら満たされるの。と思わず叱ってしまう。家に帰るまで(いや今朝起きてもまだ)同じ顔をしていた娘を思い返しながら、私もいつもイライラしてこんな嫌な思いを家族にさせているんだろうな…とこれまで認めたくなかったが認めざるを得なかった。「子は親の鏡」。娘のあのいやそうな顔は、きっと普段の私の表情に近いのだろう。と深く反省し、嘘でもいいから笑っていようと思った。(いつも同じ様なことをここで書いているような気がするが)娘のあの表情を見るとついいらいらとしてしまうのだが、なんとかこらえてみよう。うそでも笑った表情をしていると幸福感が増すというし。息子は昨日授業で寝ていたら叱られたという。そりゃそうだろ。今日は叱られずに帰ってくるかしら。

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  • 11Apr
    • 息子の学校生活

      今のところ、息子は学校を嫌がることなく授業三日目を終えた。どこに行ってもマイペースなのは変わりなく、予想通り順応が早い。だけど昨日はお姉ちゃんとあそべなかったしせんせいがすごくつめたかったしおともだちになぐられてさびしかったと帰りに話していた。一見すると平気そうに見えるけど、息子の中で色んな状況の変化や戸惑いの中で葛藤しているのかもしれない。軽く虚言癖なところもあるので全部を真に受けることはできないけど、家では気を休めるようにしてやりたいものだ。娘は三年生になり、初めてのクラス替えがあった。保育園の頃から親子で仲良しにしてきた子と同じクラスになり、親の私の方が喜んだりして。しかし新学期最初の登校日は、起きたとたんに今日どこの教室に行けばいいの。ランドセルで行かなくてもいいの。などとぐずぐず言いだして出かける直前まで不安そうな顔をしていたが、すぐに新しいクラスや先生にも慣れたようで新聞係とマジック係になったんだよと話してくれた。マジック係とは魔法係?らしく、今朝トランプを出して練習をしていた。一体学校でどんなことをするんだろう、マジック係…。高畑勲さんが亡くなったというニュースを聞いたのは、息子の入学式の朝だった。言葉もなく、受け入れ難く、信じられない、信じたくない思いだった。面識もない私がこんな風に言うのはおかしいかもしれないが。ツイッターである人が公開した、2017年元旦に高畑さんから届いたと言う年賀状の言葉は今となってはまるで遺言のようで、残された私たちはそれを実現すべく力を尽くさなければならないのだと高畑さんから託されたように感じた。私個人にではなく、これからの社会を担っていく私たちに。それにしても子どもの頃から親しんできた作品の作者を失うことがこんなにも寂しく心細いものだろうか。高畑さんの影響力の大きさに改めて驚かされる。その力はきっとまだまだ先まで続くことだろう。それほどまでも長く愛されるものを作れる人に私もなりたい。

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プロフィール

形岡七恵

性別:
女性
誕生日:
1982年7月19日
お住まいの地域:
東京都
自己紹介:
1982年生まれ。山口県出身。 洗足学園音楽大学ジャズ科にて、ピアノをユキ・アリマサ氏、ヴォーカルを...

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