病室で、、、聴いたリヒテル
ココ、シャネル
かつて、、作家、今東光が、週刊プレイボーイ誌上で、若者の人生相談を
やっていた時代があった、当時 青年時代だった鈴本は彼の嗜虐に富んだ
僧侶でもある作家、今東光が若者の悩みに答えたウイットに満ちた、回答に
鈴本は、大いに学ぶことが多かった、もっとも当時の週刊プレイボーイ誌は
今東光にかぎらず、石原慎太郎、、三島由紀夫、そして柴田錬三郎などの
当時の流行作家たちに、、常に若者の悩み相談、という連載記事を掲載
していたので、別に今東光だけが、特別だったわけではない、昭和43年
から50年くらいの頃の話だ
という訳で、、今回も前置きが長くなったが、、、今東光の話に戻るが
その連載中の人生相談が、休載となり、、その理由は 彼が入院して
しまい、当時流行作家だった彼が、執筆ができなくなって、、そのことを
心配した読者の声を持って、週刊プレイボーイの記者が、入院中の今東光
を訪ねた時のエピソードが、今、同じく入院中の鈴本と重なる部分があって
ちょっと面白い話なので、、ここに紹介する、、もっとも40年前の記憶なので
詳細があっているかは自信がない、、申し訳ない、、で記者が <先生
、、ふだん取材や執筆などで、華やかな活動を おこなっている先生が
こういう病室で、一日中、過ごさなくてはいけないことは、苦痛、いや退屈
ではありませんか?>、、と聞いた時、、今東光が、答えた内容が面白く
今も、鈴本の記憶に残る、、それは、、<、君、、今のボクは、神様、いや
仏さまから、ゆっくり休んで好きな、ふだん忙しくて見られない書物などを
じっくり、眺める事ができる、いわば天から送られた貴重な自由時間だと、
思っているんだよ、、、笑、>
なるほど入院性生活、いや生活とは、忙しい現代人にとって、むしろ天から
貰った、貴重な自由時間、とも、言えるわけである、、もっとも今東光は、、
残念ながら、その後、しばらくして、ターイレーオとなってしまった、、休暇が
永眠となった、残念である
鈴本は多分、あと数日で退院するので、今東光のよーにはならずには、
すみそーだが、、今回も、しぶとく生き延びたが、、次は自分がいつ今東光
のよーに、ならないとは限らないので、やはりフィリピンに戻ったら、投資で
儲けた金を、しっかり現地のオンナに打ち込んで社会奉仕、いや減価償却
をしなければ、オレは地獄行きだろーな、、、というわけで、作家、今東光を
見習って、昨夜の鈴本はじつに40年ぶりに、昔好きだったBACH→バッハ
を聞いてみたいと思った、、、と言うのは、偶然、フィリピンで、たまたま、、
U,TUBEから、カール、リヒターのマタイ受難曲と、、ピアニスト、リヒテルの
<平均律クラヴィア集>をタダだったのでヒマつぶしも兼ねて、ダウンロード
、、フィリピンでは違法じゃないよな?をやってP,Cに入っていたからなのだ
普段は、絶対見ない、いや聞かないBACHなんぞを、聞きたいと思ったのも
今東光の入院中のエピソードを、思い出したからである
で、カール、リヒターのマタイ受難曲は、あまりにも壮大なので、次に譲るが
ピアニスト、、リヒテルについては、、当時10代後半だった鈴本が、確か
<巨匠、リヒテル来日公演>という新聞広告を見た覚えがあって、当時の
リヒテルはピアニストとしては、とっくに全盛期を過ぎた後で、もうかつての
冴えわたった演奏を望むべくはなかった、、ということは皆、分かっていた
それでもなお、リヒテル本人の生の演奏というモノが見たくて、東京の、、
コンサート会場は満員御礼であった、、と言う、同じよ―なことは鈴本の
体験にも、いくつかあって、1970年代鈴本は たまたま郡山にやってきた
カウントベイシーの生演奏に触れることができた、、と言う幸運に恵まれた
おなじく今は もう無くなった郡山市民会館という会場で、亡くなる前の
ポールモーリアの、、小柄な粋な、老人の姿を、この目で見る事も出来た
で、リヒテルの平均律クラヴィア集を、昨夜聞いた 感想だが、さすがに
1950年代、黄金期だった。リヒテルの演奏は、すばらしかった、なぜなら
今までの鈴本は、平均律クラヴィア曲集というものは、グレン、グールドの
ものしか知らなかったからである、、もちろんグールドの演奏は素晴らしい
のだが 今回 昔のリヒテルの演奏を聴くと、、グールドのものは絵画で
いえば抽象画に近い、、昔のリヒテルを聞いて、まあこっちのほうが、、
大バッハ、、の楽譜に、より近いものなのだろーな、と思える、、BACHと
言う作曲家は、どーもバロックとか、クラシックと言う枠の中では捉えられ
ない、、例えると、アインシュタインや、先日ターイレーオになった、、あの
ホーキンスに近い、いやそれ以上な存在に思う、、なんか存在が宗教的
というよりも宇宙的なのだ、BACHと言えば、、戦前、作家の稲垣足穂が
スペインで、全盛期の、、パブロ、カザルスの演奏を聞いて、、感動で
身が震えた、、と言う事が語られている、、、やはり物事にはT,P,O
いや旬、、つまりタイミングというモノが、いかに大切か?を思うのである
だって今のスワイパーや、ジュライホテルの跡地に行ったって、もう昔の
栄光は、まったく強者どもの、草場の陰だろ、、、オレはいい時代に生きた
だって<現場>に間に合ったのだから、、、
# 祇園精舎の、、、
ナナ
