<恋を 知らない親父たち>へ 捧ぐ
< 11pm >
海外 たとえば タイやフィリピンなどで めちゃくちゃに遊びまわっている日本の
おじさんたちの中には まったく信じられないことだが 、プロの女性→海外の
ゴーゴーバーで働く娼婦や 日本の風俗嬢以外の、、、つまり普通の女性とは
性交渉を持ったことのない中年親父グループというものが 少なからず存在する、
このような人たちを彼らは <素人童貞>と揶揄しあっている
そのような人物が はたして なぜ日本で奥さんが存在する あるいはかつて存在
したのかはよく知らないが 自分があとで知ったこととは 散々自分のように 日本で遊び
まくって<もう日本の女は飽きたたから、海外へ武者修行に出た、>、というようなタイプは
少ないらしい、、 ということだ
ジュライホテルの時代から 遊びまわっていて 若いパッカーからは 遊びの帝王の
ような尊敬を受けている M、西#や クー## K沢あたりの大御所だって 話が<素人の
日本女性との経験>>ということになれば 多分二桁も 行っては いまい
東南アジアの 夜の帝王も こと相手が素人の日本女性となれば まったくお話になら
ないものなのだ、、
自分が かつて25年前 初めてジュライホテルへ行ったころ 親しくなった彼らジュライの
先輩たちの タイ語がペラペラの彼らの武勇伝を 当時バンコクに存在した冷気茶室などで
聞かされていた際に < すごいですね 小#さん そんなに このタイや南米などで いい
思いを されてきたならば きっと海外へ出る以前の日本でも 女の子にモテモテだったん
でしょうね、、>と水を向けると ジュライの帝王といわれていたその人物は 自分の問い
には気ずかなかったのように ほかの話題へ振り向けてしまった記憶がある、、、
フィリピンの沈没おじさんも 実はそうである いい年をしてから フィリピンで若い女に
はまってしまい 日本の家族も仕事も捨てて、、、最後は女に見放されて 困窮日本人と
なるパターンの親父たちは ほとんどが 自分のように日本で充分な経験→ラブアフェアー
の経験をつんでこなかったグループである
喩えていえば 持ちつけない大金を宝くじがあたって得たようなプアな人種が それから
1年もたたないうちに あらかたの金を霧散してしまうようなものである 中年になるまで
日本の女に相手にされなかったオヤジが このところまで続いた円高のおかげでフィリピン
に行ったら 日本のキャバクラより安い金で 20歳くらいの若い肉体が抱けた、、ということ
をまるで 自分自身の男性的な魅力があったからだ、、というふうに単純に理解できて
しまう、、というその感性が羨ましい、、、 きっと日本のキャバクラ嬢に何度も通っても
口説けなかったという怨念が フィリピンで爆発しているのかもしれない おめでたい人達
である
自分は大学は出なかったが 日本の女、、それも素人との恋も遊びも まあ3桁になる
くらいまでの経験は積むことができた、、、そしてそのあとで海外に進出したという経緯が
ある
逆に言えば きてれつや 亜州浪人のような 20代そこそこから海外で発展場を設ける
には 自分の場合 まだまだ日本の女たちとの恋に忙しくて 女たちが自分のことを離して
はくれなかったのだ、ともいえる それほど20代までの自分には 若さも金にも恵まれて
いた 今じゃ悲しいばかりの腹もしっかりと引き締まっていて 息子はいざというときは木の
ような硬度を誇っていた、、、松方弘樹や中条きよし、、小林旭のように 千数百人→三桁は
無理だったが かろうじて3桁 やっと彼らと比較になるくらいの経験は積ませてもらった
そんなわけで 自分がタイのバンコク ジュライホテルへデビューしたときは もう30歳を
超えていた あのころ30歳で海外デビューというものは けっして早いスタートではなく
むしろ <遅れてきた青年>であったかもしれない あの当時はそのことを大いに悔や
んだ< 畜生 俺はいままで 何のために 福島なんかで 好きでもない外車やブランド物
の服や フランス料理なんかに金を使わなくちゃなんなかったんだ
なぜならば地方とはいえ 当時のテニスクラブなんかに 来るカッコいい女子大生や人妻と
アバンチュールを楽しむためには それらの小道具が必要だったからである 世の中は
バブル時代でもあった
それが ジュライホテルじゃ 冷気茶室なんかで 17歳くらいの少女と遊んでも当時の
日本円じゃ500円前後、、、、あの時はいままでの自分の人生を後悔した
しかし あれから25年以上が過ぎ去った今 自分は思うのである < やはり30歳まで
日本で遊んだ経験は 決して無駄ではなかったな、、>と 逆に自分がジュライの帝王たち
のように 日本の素人女性との恋もろくに知らないまま 20代そこそこで海外に出ていた
ならば きっと今のフィリピン沈没オヤジたちのように、、、< 日本の女に相手にされない
からフィリピンに逃げてきている、、>という自己コンプレックスに生涯悩み続けるといった
悪夢からは 自分は解放されているからである
もう 他人が遊ぶ10人分くらいの人生は やらせてもらった もう女遊びということに
ついてだけ言えば 何も思い残すことはない 自分はいつ くたばってもいいのである
ナナ
