ギタリスタの友人から聞いた話。

 

友人は、フラメンコギター以外に、普通のギターやウクレレも教えている。

 

教室に訪れる新規の生徒さんには、「ギターを弾くのが老後の楽しみで」と言うリタイヤ組が多いという。

ビートルズを弾きたい、とキラキラしながらレッスンに臨み、一年持たずに7~8割ぐらいが辞めていくらしい。

 

それを聞いて、

 

ああー、弾けない自分と向き合うのがツライんだろうねぇ

 

とつぶやいた。

 

「そうなんよ」と友人が同意する。


ビートルズが弾きたいと勇んで入門し、超初級のきらきら星が弾けない。

先にビートルズを教えろと言い、基礎ができてないから当然弾けない。

結果、教室を出る。

家庭の事情で、とか、体調が、とか、辞める時はいろいろ言うらしい。

先生が良くなかったと、別の教室に行く人もいるかもしれない。

たしかに先生との相性はあると思う。

でも結局は同じような結果になる気もする。

 

 

"できない" は怖い。

いつだって、理想の自分だけは持っている。

積年の思いであるほど、そのイメージが先行して固まっていく。

そうじゃない自分は存在しない。

そこに至るまでの過程も存在しない。

 

行間の慈しみ方を学ばないと、"できない自分" と向き合う恐怖に負ける。

 

 

「自分の下手さが見えた時こそ伸び時」と誰かが言っていた。

目や耳が肥えたからこそ、自分の稚拙さがわかるようになるのだと。

 

そこを越える勇気がある人は、次に行ける。

 

でも、映画《国宝》の稽古のシーンを見て、

 

「厳しすぎる」

「今はあれじゃ誰もついてこない」

 

とか言う人は、きっと上澄みで満足できる。

そういう幸せもあると思う。