リッキー【リカルド・オドノポソフ】は、90歳まで生きた。ボケないで生きた。

でも、リッキーの母親は、超、長生きしたけどアルツハイマーだった。

チューリヒ音楽大学にリッキーが呼ばれて教授職をしなければならなかった時に、アルツハイマーのお母さんも連れて行かれた。

ところが、病院からお母さんは抜け出して、ブリュッセル南駅に到着し、そのまんまウチで預かったことがあった。

私は、当時ブリュッセル南駅近くの【レジャンス・アパルトマン】に住んでいて、

階下のロシアのナージャのお婆ちゃんだと思い込んで、リッキーのお母さんを泊めた。

でも、アルツハイマーを患っているようには見えなく、昔の話をはっきり話してくれたし、とてもリアルで楽しい話ばかりだった。

リキ母:『アタシゃ、自分は醜くても良いから、あの子がデビューしてほしい!と、願った。でもねアータ、女の子はおしゃれしなくちゃダメ!絶対にキレイにしていなくちゃダメ!なにもかもがダメになる。』

私:『わたし、これ、トレーニング・ウェアは気に入って着てるんです。家がスポーツ店だし…』


リキ母:『アタシと出掛ける時は女の子らしくおしゃれして!』

で、リッキー母とブリュッセル界隈でご飯たべたり、カフェ歩きやケーキしているときは、いたってまともで、アルツハイマーだとは気づかなかったが…

ウィーン・フィルのニイサン達の演奏会へ一緒に行ったとき、

リキ母がコンマス・ゲルハルトを見るなり、

『今日はリッキーに言ってやらなくちゃ!家に帰ってきてご飯を食べるんだか、このままチューリヒに電車で行っちゃうんだか。』

ゲルが先頭で大きく体を揺らしながら、(背中で指揮しながら)大分長い第一バイオリンのフレーズを弾いている最中に、

リキ母が耳元で、『この子はこれでもイザイのコンクールで銀賞だったがや。』

私:『ニイサンはミュンヘン・コンクールしか受けていませんよ、、』

リキ母:『やあねえ、ミュンヘンとか言ってるの?この子はイザイのコンクールで銀賞だったのよ、』

私:(もしかして、コンマス席のゲル兄さんを、息子のリカルドと勘違いしてる?)

リキ母が、終わったら楽屋に行きたい、生きたいと言うので、お連れした。

◇◆◇◆

ゲル:『やあ!オドノポソフ夫人!お久しぶりです。お身体は大丈夫なのですね!』

リキ母:『なに言ってるのよリッキー!あんた、今日は家でご飯…』

リキ母が話している途中で、ゲル兄さんは私の腕をつかんで隅に連れて行き、

ゲル:『どうやって君はチューリヒの病院から彼女を連れ出したの?騒ぎになっているようだよ、ナンドル兄さんから聞いてるが、、』

私:『え??このお母様は、私のレジャンス・アパルトマンにご自分から来たのよ!チューリヒの病院ですって?!』

ゲル:『じゃあ君は、騒ぎを知らないんだね?脳神経内科でも外科でも騒ぎになってる、アルゲマイネス病院にナンドル兄が待機している!連絡していいね!』

なんと、病院を抜け出して来ていた。リキ母。

つづく。