過去に僕は書き物のお仕事をしている事があった。
今はそのお仕事はなくなってしまったが書きたい事がたくさんあった。

だからこのブログはブログではなくコラムに近いプラットホームとして使っていこうとおもう。

ただ日常を書くのではなく僕が思っている事や伝えたい事なんかを発信出来ればそれでいいと思っている。

勘違いしないでほしい。
僕は本をいつか出版したいなんて思ってない。
おおおお、思ってない←
おおおおおおおおおお思ってないぞ。

それでは今回の本題へ。

僕にはモラルがないのかもしれない。

そもそもモラルとは何かを考えたところで
結論として哲学に等しいものがあるからここで深く話すのはやめておこう。

人に迷惑をかけたことのない人なんているのだろうか。
答えは一目瞭然である。

人は生きることで知らず知らず迷惑をかけて生きていきている。

誰かとの話の過程で結果だけを見たときに
自分に非があった場合。

誰かとの話の過程で相手のプロセスに非があって結果として自分が非を作ってしまった場合。

果たしてこの場合どちらにモラルがなかったのか。
答えなんて出ないのが普通なのだ。

もっとも簡単に言ってしまえばモラルなんて
誰かと誰かが気持ちよく生きていく上での暗黙の約束事に過ぎない。

友達関係において
喧嘩=〇〇

恋人関係において
喧嘩=〇〇

仕事関係において
喧嘩=〇〇

ここに何が当てはまるか。
それによってその人の考え方がわかるかもしれない。

ネガティブな人はきっと

友達関係において
喧嘩=絶交

恋人関係において
喧嘩=別れ

仕事関係において
喧嘩=解雇

など考えるかもしれない。

確かに、仕事においては一理ある。

しかし他の2つはどうだろうか。


僕ならきっとそこに「成長」という言葉を選択して使うと思う。

誰かと何かを言い合ったりするのは
決して悪い事ではない。



さて、ここで自分の昔話をひとつだけ。
過去に同じ夢を追いかけ汗を流し、泣いて笑って
たくさんの時間を一緒に過ごした仲間がいた。

しかしふとした事で喧嘩となり絶縁となってしまった。

僕が子供だったのだ。もっと言えば両方ともに子供だったのだ。

その時は許せないと思っていた。
だから絶縁となった。

だが歳を重ねてわかった事がある。
許せなかったわけでも許さなかったわけでもなかった。

許そうとしなかったのだ。

生きていて何かを許せないことなんて
もっと言えば誰かを許せないことなんてない。

それは自分が許そうとしなかっただけ。

春先〜初夏にかけては出会いが多くなる季節です。

きっとみんな色んな人と出会っては、別れを繰り返していくでしょう。

何かあったら今回の記事を少し思い出してみてください。

昔夜8時に放送されてた金曜ドラマでこんなこと言ってる先生がいました。

人は1人では生きていけない。
人という字は人と人が支え合って生きているって。

ジェネレーションなギャップを感じた方もいるだろうがサラッとながしてほしい。


僕は世界が平和になれなんて思わない。
日本が平和になれなんて思わない。
そんな事言える器じゃないのは自分自信がよくわかってるしそんな事そこまで興味もない。

だが、せめて僕の周りは優しい世界であってほしいと思う。

笑って過ごせる事が何よりなのだ。

ー閑話休題ー
今ふと出てきた優しさという言葉。
すごく暖かい言葉ではあるが、時に残酷な言葉へと変化することもある。

優しさの定義は甘さではなく、厳しさなのかもしれない。

そんなことをふと思って目覚めた
北海道初日の朝の話でした。

目覚めは最悪でした。
明日もっと気持ちよく目覚めれるように今日一日をしっかり頑張れば人生は豊かになるのかもしれない。
それは言い過ぎかもしれないが、せめて目覚めくらいは良くなるかもしれない。


端的な文章ですが
今回も最後までご覧いただきありがとうございました。