しかし、いったん速度を緩めたかのように思えた病魔は、確実に 彼女の体を蝕み始めていた。
病室を訪れると、 半開きのドアの向こうで看護婦さんに背中をさすってもらっている。
絵本の進み具合の報告だけして、帰ろうと振り返ると、ベッドの 縁を持って起き上がろうとしている。
「もういい、もういいよ。 」
「だって、今日先生に報告したいことがあって。昨日、こうちゃんが病院にお兄ちゃんやお父さんと来てね。
エレベーターの前で
『 お母さん、早く良くなってお家に帰ってきてね』って言ったの。 」
私達は思わず、手を握りしめ泣いた。
知的障害のあるこうちゃんが、 こんなにもピッタリの場面で自分の思いを伝えるなんて、 奇跡に近かった。なんて成長したんだ。
ベッドの上に半身起こし、私をまっすぐ見る彼女が神々しく見えた。
彼女にも奇蹟が起こることを願わずにはいられなかった。
絵を描いてもらう木村さんには、九州からほぼ毎週土、日に来てもらい、描画療法士という彼の仕事以外のすべての時間を、こうちゃんの絵本のためにさいてもらった。
平さんには、印刷所とセンターとの距離を、電話1本で何回往復させた事だろう。
この時期、次年度のカレンダー等の仕事が入って忙しいと思われるのに、絵本の仕事を最優先にしてくれていた。
こうちゃんの絵本を作るという作業を通して、 みんなが繋がっていく不思議さ。今は絵本作りに関わるみんなの頭の中は、こうちゃんのお母さんに
出来上がった絵本を手渡すこと。
それだけだった。
出来上がった原画を印刷所に持ち込めば、 あとは勝手に本が出来上がってくるものばかり。と思っていたら、版ができてから、
文字と絵の配置、本のサイズ、色、 校正、決定しなければならないことがいっぱいあった。
決めていきながら、今までの自分の人生の中で、いかに自分で決めることの少なかったことか気づかされた。
私はどう思うか。何が好きか、嫌いか、どうしたいのか。
私を 知らずして相手を思いやることなんて到底できない。
私は 私と向き合いながら作業を進めていった。
つづく