4度の入院生活を経て、当時の私としては

かなり安定した時期に入った。


入院中から少しずつ勉強していた高卒認定試験は、

退院してから試験を受けて合格した。

更に原付バイクの免許も取った。


実は3度目の入院中にうつ病の診断も受けていたのだけど、この時期は精神的にも安定していた。


どんどん意欲的になった私は、アルバイトをしたいと

思うようになった。

1、2回目は不採用。どちらも担当の方に

「ウチは力仕事もあるんだよね。

けっこう痩せてるけど、大丈夫?」

と訊かれて、もちろん大丈夫と答えたけど

採用はして貰えなかった。


でも3回目のファミレスでようやく採用して貰えた。

調理担当で、1日3時間・週3日ほどの勤務だった。

自分の体力が思ったより無く、相当キツかった。


この頃からまた拒食症の症状が強くなり始め、

食事量と体重が減っていった。

それがもとで再び家族との仲は険悪に。


でも、1度減らし始めてしまったら自力では

どうにもならない。

ダメだとわかっていても、もう止まらない…。


私はどうしたらいいかわからなくなり

SNSの世界に没入するようになった。

Twitter(現X)やInstagramで、自分と同じ摂食障害の

方たちの発信を見ていく…そこで、ある言葉が目に入った。

「リストカット」「OD」


2つとも試してみた。

特にリストカットは癖になってしまい、

何度も何度も繰り返した。


あっという間に手首や腕が傷だらけになって、

両親に気づかれるのに時間はかからなかった。

既に体重も23kg台まで落ちていて、

当時の私は精神的にも体力的にも限界だった。


ある日母が、泣きながら病院に電話をかけたのを

よく覚えている。

「先生、○○が死んじゃうかもしれない…

手首を切ったりしてるんです…どうすれば…」


そして私の5回目の入院生活がはじまった。


死にたくて自傷行為をしたわけじゃなかった…と思う。

SNS上で、薬や傷の多さをどこか誇らしげに発信する人たちが羨ましく思えてしまった。

そしてとにかく、心配されたかった。

今でも消えない傷跡は、何度みても当時を思い出す。


5回目は、ある事情によって2ヶ月ほどしか

入院できなかった。