2019年8月25日、26日と遠野を訪れる事が出来ました。わたしは2018年12月以来3度目の遠野です。なにせ東京23区より遠野は広し、という訳で到着後の動線を考え車で早朝東京を発ちました。
25日は、午後3時すぎに到着、まず伝承園を訪れ佐々木喜善に関する展示を見てから、オシラ堂へ。それから、のどかな農道を歩くと遠野一の古刹常堅寺(曹洞宗)はすぐ近くです。今回は特別に本堂内覧の許可をいただき見学、古い時代のオシラ様、それから隠れキリシタンのマリア像と言われる、頭部に十字が彫られた小さな仏像を見せていただきました。建て替え以前の本堂内壁には、一面ところ狭しと遠野に生きた人々の肖像画が飾られていたそうです。老若男女、晴れ着に身を包み、ある若者は軍服で、若い母子の肖像画もありました。写真のない頃に、また、普及し始めてからも高価でおいそれと写真を残せなかった時代に、1枚1枚、手描きされたという事です。
内藤正敏写真集「遠野物語」にこれら肖像画の写真が掲載されています。これはもう圧倒的な写真集となっています。畏まり、晴れ着をまとい、ひたとこちらを見つめるまなざしの数々。すでに祖霊となられた方々のありし日の残像ともとれます。
みな、家族があり、親しく名前で呼びあっていたことでしょう。もちろん、その誰一人として知った方はおりません。でも、長い時を経て「遠野物語」というものは、たしかにここに生きたひと、ひとの無数の声なき声が谺している、靄のように作品世界に立ち籠めている、そんな気がしてなりません。本堂建て替えを機に肖像画は全て外されたとうかがいました。
本堂を出て、河童狛犬のいる前庭から河童淵へと向かいました。緑陰が心地よく、しばし緩い流れの川のそばで休息し、夕なずむころ土淵町山口へと出発しました。遠野物語の話者、佐々木喜善生家があり
里からほど近いデンデラノ~ダンノハナを見るために。

この日は、遠野駅前民宿御伽屋に宿泊。ご主人佐々木剛さんが夜の早池峯神社参拝に案内して下さいました。耳切山から荒川高原を抜ける夜道山道、佐々木さん運転のジ―プに揺られ、峠を越えての参拝です。道中、野生の鹿や狸、カモシカ、ハクビシン、穴熊などに出会い、車を止めてわれわれは車外へ。ベッドライトを消した時の辺りの深い闇、茂みの向こうの物音にも驚かされました。闇にあっては、こちらの鈍った五感が呼び覚まされるよう。目を凝らし、耳を澄ませ、山のけもの道を鹿の群れが移動する動きを感じていました。
谷底のごうごうと流れる水音が聞こえてきます。
そこには河童淵があるそうです。

闇の中にひっそり佇む、早池峯神社。
ひとけのない時間。杉の古木の並木。澄みきった空気感。小さな神楽の舞台。
とうとう、出会えたというのか、やっとここに来ることが出来たのだと思ったものです。
7月の宵祭では、かがり火の中、神楽が奉納されるそうです。