少し話は遡る。


2007年2月上旬。
バレンタインデーを翌週に控え、私は悩んでいた。


タカシに対するチョコレート。
渡すかどうかということではなくチョコに添えるメッセージの内容について。


そう、渡すことは前提だった。


「スターウォーズ」を観に行って以来デートらしいデートをしていなかったときでさえも渡していた私。
付き合い始めてから一度も欠かさなかったチョコ作り。
どんな関係下でもチョコを作ってはカードを添えてタカシに気持ちを伝えていた。


だからそう、今年だって「渡す」ことは確定していた。
いや、むしろ絶対渡そうと思っていた。
今年が最後のバレンタインデーになると思ったから・・・。





バレンタインデーの数日前。


「今度の水曜日、少しだけ時間取れないかな?」


毎年そうなのだが、絶対「2月14日は?」とは表現しない。
「2月14日」と言ってしまうといかにもという感じがして好きじゃなかった。
だからいつも「曜日」で聞いていた。


「水曜日?・・・少しくらいなら大丈夫だよ。」


「ほんの5分くらいで大丈夫だから。じゃあ、またその時になったら連絡するね。」


こうして例年通り約束を取り付けた。
この数日間でチョコ菓子を作り、いよいよメッセージを書くのみとなった。


メッセージはいつも日付が「2月14日」に変わってから書いていた。
バレンタインデーのカードに関わらず、私たちの間で交わす手紙の類にはどれも「日付」と「時間」を記入していた。


いつからだろう?
もともとはタカシからの手紙に時間まで書かれたのを見て私も真似るようになったのがきっかけ。
この時間に私のことを想いながら書いてくれたんだと思うと嬉しくて、タカシにもそう思ってもらいたくて始めたことだった。


この時も0時を過ぎ、日付が変わったのを確認して机に向かった。


「Dear タカシ」と書き始めたが、それ以降ペンが進まない。
書く内容はなんとなくは考えていたが、本当に書いてしまって良いのか最後まで悩んでいた。


退職するって書いたら・・・
もうすぐいなくなるって書いたら・・・
タカシはどう思うのだろう・・・
どう思ってくれるのだろう・・・


小さな長方形のキャンバスを眺める。
この四角の中に今の私の気持ちを上手く表現しなくては。


悩み、迷い、ためらい。
焼き立てのケーキが冷めるのを待ちながら、ゆっくりじっくり考えた。




Dear タカシ

Happy Valentine !!
今年も頑張って何種類か作ってみました。
どれも美味しいって思ってもらえると嬉しいな。
こうしてチョコを渡せるのも今年で最後かもしれないのが淋しいけど。

From ナナ
2007.2.14(水) 0:53a.m.




結局、「退職」という言葉は書かなかった。
いや、書けなかった。




退職することについて、ホントはものすごく複雑だった。
ユウスケさんとの間では「退職する」ということで話は終わっている。
私だってあんな環境下で働くのはもう耐えられなかった。
だけど。
タカシに会える日々がなくなる。
そこに愛はなくても、ただの同期の関係に戻ってるとしても、それでもタカシと会えなくなるのが淋しくて悲しくて仕方がなかった。
だから。
なかなか踏ん切りがつかないから。
うじうじと退職日を徐々に延ばしていた。


実は当初はキヨミ先輩と同じ「3月末にしたら?」とユウスケさんに言われていた。
「う~ん」と返事しつつもそれじゃあと2ヶ月しかタカシと一緒にいられないじゃん、そう心で思った。
だから「キヨミ先輩も3月末だから」とか「繁忙期の4月中に辞めるとみんなに迷惑かかるから」とか理由をつけてなんとか5月までの延長を希望した。
「あんまり長くいてもしょうがないんだから5月中旬には辞めれば?」としぶしぶOKをもらった。


ううん、違う。
ホントはもっと前からユウスケさんとは退職の話をしていた。
「11月には辞めようかな」「12月末まで」「いや、2月末?」「やっぱり3月」
そんな感じでどんどん後に延ばし、いい加減決めなきゃで「5月」に決まったのだった。


ホントに辞めるんだ・・・私・・・


自分のことなのに自分のこととして思えない。
全然実感が沸かない。
定年退職を除けば学生時代のように卒業というものがないため、自分で自分のENDを決めなければならない。
自分から別れを告げるパターンの恋の終わりに似ているような気がする。
今日言おうが明日言おうが、自分がその意思を表した時点で現実のものになる。
だから本当にそう決心するまではなかなか行動に表せられない。
そんなもどかしい心境だったため、タカシへのメッセージも曖昧にした。


そして、2月14日。
バレンタインデー当日の朝を迎えた。