ななほん

ななほん

読書が好きなわたしの、日々の読書記録です。
お仕事では身体を、読書では頭もしっかり動かしたい。
文学が好きですが、ジャンルとらわれずまんべんなく読むようにしてます。
たまに映画。

 

 

読もうと思ったきっかけはどなたかの書評で、そのメモがなぜか消えてしまったので定かではないけど、その方はこの本を読んで「暗い感情を表に出してもいいんだ」と思われたらしくて、それが印象に残って読んでみたいなと思っていた本。
 
でもわたし自身でいえばその方が受けた印象とは違って、この女性主人公は暗い感情どころか自分の感情に鈍感というか、愚鈍なくらい自分の感情をつかみきれずにいるのでまわりの人や環境に流されざるを得ないというか、かといって人と深くかかわるでもなくいい意味でも悪い意味でも当たり障りのない人物というか。
昔『ブリジットジョーンズの日記』が日本語出版されてヒットしたときにわたしも読んでいて、ああいうポップでコミカルなドタバタ劇では全然ないけど、その主人公と被るような印象があります(そして今なんだかブリジットジョーンズを読み返してみたい気持ち)。
 
そんな女性が最後には、自分の感情に気づき変化し…というドラマティックな展開にはならないけど、それでもわたし自身はこの女性がすこしづつ変化しているのを感じ取れるし、それくらいが現実的にはムリがなくてリアルを感じる気がする。

わたしは岸本佐知子さんの訳が好きで、もしかしたら物語自体がそうで岸本さんはそういうものを選ばれているのかもしれませんが、どんな突拍子もない状況でも淡々としていてドライな印象で、とるに足りないように思える、っていうところが好きです。

そう感じるのは、海外文学だからということも影響するのかな。日本文学はやっぱり自分の母国語だから、言葉や文章の背景や行間や裏にあるものを(自分勝手に)読み取ってしまう気もして、もちろんそれも読書のだいご味でおもしろいところですけど、そうしたくない気分の時もあって、最近はやや海外文学に傾き気味かもしれません。
 
最後のエピローグは、もしかしてハッピーエンド?意外だなーと思いながら読み進めると、最後の最後の数文は皮肉っぽく不穏な感じで、とても印象的なエンド。
 
 
信じがたいけれど、この人たちだってたぶん、同僚や親兄弟との大人のゲームを演じているのだ。他のみんなのはどんなふうなんだろう。親が自分の子供の子供のようにふるまって、不幸を生んでいるのかもしれない。夫に先立たれた妻が死んだ夫になって、夫の代わりにみんなに償いを求めたりしているのかもしれない。人の数だけゲームはあって、どれも本人にしかその意味はわからない。