私の痛みと似ている | ひとりごとり

ひとりごとり

看護学生の独り言です
小説ものせる予定です

ディズニーが好きで若干夢見がちですが、一生懸命記録していこうと思います

忘れもしない13年前の2月

グラッと家が揺れた。

「地震か‼おいっ地震だ‼起きなさい!」

父の焦りと驚きと冷静さが混ざった声で目が覚めた私と弟は着の身着のまま二階の寝室から階段を降りて外へ出た。靴を気にする私に父は

「靴なんて実際誰のでもいい。とりあえず外へ行こう!」

と促し、家を後にした。

真っ暗な深い闇のような夜に、ごうごうと音を立て真っ赤に燃える家。
若い野次馬たちが、キャンプファイヤーだぁーと叫び、たがっていく姿を横目に祖母の家に車で私と弟は避難させられた。

母も父も家族全員助かったものの、家を放火した犯人と野次馬たちのことを思い出すと腹が煮えくり返るほど憎く思う。

命は助かった。でも家も、思い出も、宝物も全て失った幼い私の心には心臓をえぐられたような巨大な穴を作った。

新たに思い出を作ればいい、
命助かってよかったねといってくれる人がいた。
でも、そのときは0から始まる苦労を知らなかった
し、未だに消防のサイレン聞くと、記憶がフラッシュバックする。

5年という歳月が、東日本大震災から流れた。
失った物も、失った人も帰っては来ないとはわかってても、大事だったお雛様を私は探してしまう。

なんだか、私の経験と似ている。苦しかったよ。
今、新たなスタートを切ろうとしているのは国や野次馬な私たちだけ。

今被災地にて私にできること・・・ない。
だって、13年前の私の家族だってそうだった。
自分達で進めないといけない年月がたっているんだ

私たちはそれを応援することしかできない。

だから私は今日も食べる。わざと選んで食べる。
復元とは行かなくてもいいと思う。その土地に戻らなくてもいいと思う。幸せに暮らせればそれでいいと思うから。

被災地が、被災人が私達家族のように平凡な日常が過ごせるように祈りと共に私は被災地の食材を選ぶ