山家集 上 春 第81
7082 おもひやる 高嶺(たかね)の雲の 花ならば
ちらぬ七日(なのか)は はれじとぞ思ふ
ちらぬ七日(なのか)は はれじとぞ思ふ
「おもひやる」は「遙か彼方に心を寄せる」こと、「ちらぬ七日」は「桜の花の命を保っているとされた七日間」のこと。
万葉九
わが行きは 七日は過ぎじ 竜田彦
ゆめこの花を 風にな散らし
わが行きは 七日は過ぎじ 竜田彦
ゆめこの花を 風にな散らし
にあるように、万葉の頃より、桜の花は七日間の命だとされていた。
歌意
遙か彼方の高嶺の雲を眺めて、心を寄せてみて花があるのかと思っているが、せめて七日間は晴れていてくれと思うばかりだ
遙か彼方の高嶺の雲を眺めて、心を寄せてみて花があるのかと思っているが、せめて七日間は晴れていてくれと思うばかりだ
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山家集 上 春 第82
7083 長閑(のどか)なれ 心をさらに 盡(つく)しつつ
花ゆゑにこそ 春は待ちしか
花ゆゑにこそ 春は待ちしか
板本では上句は「長閑なる 心をさへに すぐしつつ」とある。三句は誤植だろう。
三句切れ。
三句切れ。
歌意
長閑であって欲しいと、あれやこれやと気を揉んでいる。花のために春を待っていたのだから。
長閑であって欲しいと、あれやこれやと気を揉んでいる。花のために春を待っていたのだから。
初句の「のどかなれ」の語意の強さは、この歌の響き全体を包んでいる。「長閑であってくれ」という積極的な強い意思が、逆接的にどこか絶望感も感じさせる。
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