南総里見八犬伝 三 第五輯第三巻第四十三回 その4 | 徒然名夢子

徒然名夢子

日々此々と過ごしけるに
東に音楽の美しきを聴けば、其処何処に赴き
西に優れたる書物のあると聞けば、其処何処に赴き
其処においても何処においても
心楽しからむことのみを願い生きることは
我の本心にほかならず

 ところで町進は、隊兵(てぜい)百五六十人を率いて、馬を飛ばして追いかけて来て、遥かに声を振り上げて、
 
「逆徒悪党が逃げても、今は逃れる道などないぞ。お前達の種々の幻術をもって、或いは王子の神助に仮託し、或いは急に雷雨を起こして、多くの士卒を殺されたも、私は非常の備えがある。再度追手を遣わせたのだが、まだ心許ないため、すぐに多勢を率いて、自らここに追い詰めてみれば、袋の物を取るより容易いようだ。皆、手を束ねて縛めを、さあ受けよ」
 
と呼ぶと、その隊の士卒が声を合わせて、鬨(とき)ををどっと揚げたのだった。四犬士はこれを見て、
 
「河には船がなく、陸には敵がいる。進退ここに窮まったか。刀の刃が続く限り、我が命が有る限り、思いのままに戦って、討ち死にするしか他に方法はないな。命は是、義の前では鴻毛(こうもう:おおとりの毛、とても軽い)よりも軽い。同盟、同日同時に死ぬのならば、ことさら願うところだ。時刻もちょうど良い黄昏なので、道のぬかりは味方の幸い、備えを乱さず寄ってくれば、奇策を出して中を割ろう。目指す仇は丁田のみ。人馬の足を立たさせよう」
 
と互いに諫め、励まして、必死の覚悟は勇ましく、近づく敵を待つ時、誰とは知らず水際から、繁っていた髙蘆(たかあし)を押し分けて、
 
「こぎ寄せる一艘の船も無いのに、秋の波が誰かと思う」
 
とこのように歌いながら、こちらの岸へ、はやくも船を寄せる者がいた。四犬士はこれを振り返って見て、
 
「あれも敵か」
 
と訝しがると、蓑笠を着ていた一人の船人は、忙わしく招いて、
 
「殿方はやく乗ってください。たとえ万夫の勇気があったとしても、敵の多勢に比べれば、なお九牛(きゅうぎょうう:たくさんの牛)の一毛に過ぎません。命を捨てるにはもったいない。さあ、急いで」
 
と勧める声の様子は、神宮(かにわ)の矠平(やすへい)ににているので、信乃、現八、小文吾は、その人尾をすでに知っているので、
 
「天の助けだ」
 
と少しも猶予せず、額蔵もろとも身を躍らせて、船にひらりと乗り移れば、矠平は櫂をとって伸ばし、岸をはなれて行く船を、
 
「返せ、戻れ」
 
と呼び掛ける、町進は真っ先に、水際に馬を乗り据えて、鞭をあげて招いたが、矠平は耳にもかけず、船底から蓑笠を、四つばかり取り出して、四犬士に渡して、
 
「ちょうど向かい風ですので、少しばかり漕いでも、すぐにはこの船を前面(むかい)の岸には寄せることが出来ません。雨は漸く晴れましたが、敵の箭を防ぐためです。急いで被ってください」
 
と懇ろに勧めると、信乃等はますます歓んで、
 
「思いもかけない矠平さん、我らの危窮をどうやって知ったのですか。神速微妙の助けでした」
 
と言うと、矠平は微笑んで、
 
「そう思われるのは当然ですね。殿方が去った頃、私が宿所を出て、南を目指して赴いていると、道の途中が不安で、密かにあとをつけていましたら、殿方は杜岡(もりおか)のほとりで暫し、休まれていました。その時の密談を、図らずも立ち聞きし、みな同盟の義によって、額蔵殿を救おうと、死も辞せぬ武勇謀略、滝野川の辨天堂を、旅宿にすると相談されていて、その智、その勇はおおかたならぬ、優れた人達だと、ますます認めて頼もしく、また慕わしさもひとしお増して、宿所に還って考えて、かの人々は額蔵という男を、救おうと謀っているが、城中の守備は厳重なので、獄舎に忍び近づいて、盗み出すことはできないだろう。するとその刑罰の日、法場(おきてのにわ)を脅かして、奪って逃げると謀るだろう。いずれも不敵の豪傑なので、本意を遂げるのは必定だが、そこから城が遠くないので、再度、多数の追手が出てくれば、少ない人数では多数にかなわない。たとえ追手を切り崩して、しばらく逃げたとしても、近頃のこの戸田河には渡し船もほとんど無いので、ここに来て追い詰められてしまうだろう。もしその時に、救えば、もったいない義士を殺されないだろうと思って、密かに滝野川に赴いて、その振る舞いをうかがいつつ、また大塚へ赴いて、刑罰の日を聞いて、今日、船をこちらに寄せて、殿方を待っていると、にわかに雷雨に周囲は見えなくなり、すでに殿方はあちこちと水際を徘徊していた、とも知らずして、しばらく物思いしていたので、今少し遅くなていれば、敵に食い止められるところでした。危なかった」
 
と心の底から誠を解き明かすと、信乃、現八、小文吾はますます感嘆して、矠平の任侠義胆を、額蔵に話すと、額蔵もまた感佩して、その恵を歓んだのだった。既に船はやや、北の岸に着いたので、四犬士はそれぞれに悦びを述べる暇も無く、矠平を振り返って、皆再会を約束して、やがて水際に降り立ったのだった。
 
 しばらくして町進は、士卒と一所に声を上げて、しきりに船を呼び止めようとしたが、船人は聞こえぬふりをして、また船をこぎ出したので、鞍壺をたたいて息巻いて、激しく、
 
「あれを射て、捕まえろ」
 
と下知をすると、雑兵およそ四五十人、おのおのが岸に立ち並んで、矢を継ぎ速(はや)に射たのだが、その間が遠く、矢はいたずらに水中に落ちてゆっくりと流れていった。町進はこの有様に、ますます、怒り罵って、
 
「役に立たない兵どもだ。士卒をたくさん死傷させて、死刑の囚人を奪われてしまい、逆賊等を撃ち漏らしては、私も咎めを受けるだろう。河幅はとても広いけれども、このあたりには浅瀬がある。私に続け」
 
といいかけて、馬にサッと乗り入れると、早雄(はやりお:血気にはやる人)の士卒六七十人が、皆遅れないぞと渡っていった。しかし、夕立雨で河上より流れてくる水が、いつもより増して深勝ったので、士卒はなすすべも無く、渡ることが出来ず、または弓を使って流れに杖をついて、または肘を持って互いに助け合い、押し流されぬと喘いでいると、町進は只一騎、馬を河の中央まで、辛うじて進めると、矠平は遙か向こうに見えて、忙しく船底から弓箭を取り出して、しっかりと弾き固めて、矢声をかけてチョウと放せば、町進の胸の辺りに深々と突き立ったように見え、甲札(さね)から衷甲(きごみ)を着ていたので、裏まで貫通することは無かったが、これを投げ捨てて進んで来た。矠平は一の箭を、既に射損じたので、ただひたすら心に合わせて、ニの箭を番おうとすると、忽然と一人の丈夫(ますらお)が、水中から不可日出て、町進の襟上へ、熊手をしっかりと打ち掛けて、仰け様に引き落としつつ、越から刀を抜き出して、押さえて首を取ってしまった。その水中の素早い動きは、目にも留まらぬ速さだった。この件の丈夫は、町進の馬を奪って、水中にひらりとうち乗って、遅れて渡ろうとしていた雑兵を熊手で引き倒し、月流し、押し沈めると、敵はたちまち辟易して、もとの岸へ逃げ登るのを、追いながら馬で乗り上げた。しかし城兵等は、水に濡れて陸の上でも、皆岸に踏み留まって、押し取り込めようと攻めた。そのとき蘆原の付近から、また一人の荒男が突然現れ出て、すでに横槍を入れて、城兵は開き別れて、乱れ騒ぐのを、得たりと、長柄の槍の刃先が鋭く、たたき伏せ、突き殺す、千変万化の働きで、勇士はたったの二人で、城兵は既に大将が撃たれたので、さすがに大勢なので、退く者もあり、戦う者もあり、おののき叫んで戦っていたのだった。
 
(その4 ここまで)