新潮日本古典集成別巻 三
南総里見八犬伝第五輯
巻之ニ
南総里見八犬伝第五輯
巻之ニ
第四十二回 摭夾剪犬田決進退 誣額蔵奸党逞残毒
夾剪(はさみ)を摭(ひろ)って犬田進退を決(さだ)む
額蔵を誣(しい)て奸党残毒を逞(たくましう)す
額蔵を誣(しい)て奸党残毒を逞(たくましう)す
信乃、現八、小文吾等は、矠平(やすへい)の宿所を辞して去り、青田の畦(くろ)を五六町ほど、南を目指して行くと、左に小さな岡があって、木立が密に生い茂っていた。
「しばらくここで」
と立ち寄って、同時に木の株に腰をおろして、再び進退を語らうと、信乃は何度も嗟歎して、
「私は前に神宮河(かにわかわ)で、村雨の大刀を盗まれたのを知らないまま、許我殿に面会して罪を被った。今、またこの河原で、矠平(やすへい)に巡り会って、思わず助けを得ました。たとえ大塚に赴いて、街談や評判を探ったとしても、誰かがあの矠平ほどに、詳細に告げる者がいるでしょうか。たしかに禍(わざわい)も禍にはならず、福(さいわい)もまた福にはなりません。世は塞翁が馬なのです。おそらくあの矠平は、人の事を識る能力があるものでしょう。私に信あり、義がなかったならば、疑わないままに長々と話をすることはなかったでしょう。書状を容易く誂えたのも、志があってのことでしょう。十室(とかど)の郷にも忠信はあり、傾蓋故旧(けいがいこきゅう:古い知人にたまたま道で出会うこと)だと言うではありませんか。それにしても、私の伯母夫婦の横死は思いがけない出来事でした。自ら醸し出した禍ですが、一家の不幸は、さすがに私の不幸でもあります。浜路もまた憐れです。無理をして節義を守って、親をも身をも失ってしまったのです。過ぎ去ったことは、ここで悔やんでもしかたがありません。額蔵こと荘助は、その罪が無いにもかかわらず、今は罪人として捕らわれているのです。犬飼、犬田はとにかくも、私は総角の頃から、彼と義を結んで、死生を倶にしようと誓った仲なのです。ましてや伯母夫婦の仇を、立処(たちどころ)に撃ったという。術計は共に考えられず、このまま救えないのならば、共侶(もろとも)に死ぬだけです。他に言うことはありません」
と気持ちが入ってつぶやくのを、現八と小文吾は聞くとすぐに、
「その思いは、犬塚殿、あなた一人だけのことではありません。私たちは、犬川殿には、まだ面識はありませんが、玉と痣とを同じにして、既に異姓の兄弟なのです。財(たから)によって救うために、盤纏(ろよう、はんてん、ばんてん:蓄えや旅費)を使って一緒に計画しましょう。また知力によって救うならば、死を共にして助け合いましょう。親疎(しんそ)を論じてはいないのです」
と言葉を等しく述べると、信乃はニコッと笑って、
「刎頸の交わり(ふんけいのまじわり:たとえ首をはねられても悔いの無い友情)は、どのみち親疎があるのであるから、私はとりわけ、故旧の微意を述べただけです。悪い思いなど抱いてはおりません。両友力をあわせていただければ、良い方向に向かうのは確実です。しかし犬田殿は、仮初めに送りに来て、この地に逗留して日を重ねてしまいましたが、親を忘れさせてしまったようです。あなたは船に乗って帰って、行徳と市川へ、これらの事を報告して下さい。そうでなければ、あの方々が待ちわびて、いろいろ思い悩んで居ることでしょう。帰ってください」
と懇ろに諭すと、小文吾は頭をふって、
「私も親のことを思わないことはありませんが、あそこは既に無事ですが、ここは火急の難義があります。旧里人が待っているといって、戻ってから再び来ても、最後に会うことが出来ず、轍鮒を枯魚の市に見るようなものです。どうして、これを義といえましょうか。かつ大塚の城中へ、親しく行き交いすることなければ、何をたよりに犬川殿を、救いだそうというのでしょう。犬塚殿あもちろん、犬飼殿も許我殿より、その処分の沙汰が広く伝わっております。これもまたご存じのこと。それで、城中の様子を日毎にうかがい知るのは、私以外にはいないでしょう。これを見て下さい、今来た道の田の畦(くろ)に、この鋏を拾いました。鋏は進んで物を剪(き)りますが、退くときは役に立ちません。剪(せん)は鋏の本字で、鎧櫃(よろいびつ)に前(ぜん)の字をも、また剪(せん)の字を書いて、前後を分けると、たしかに、この義を取れと、私が総角だったころ、手跡(しゅせき:書道)の師だった人が言っていました。鎌鍬などの農具ならば、田の畦に落ちているのはわかりますが、どうしてここにあったのかわかりませんが、この鋏を拾ったのは、前(すす)んで、仇を剪るという、辻占のようなもので、喜んで拾い上げたのです。それを今、行徳へ退くとすれば鋏の効き目がありません。事は既に奇異なので、ここで再び考えると、私は縁を求めて、大塚の城中に入ろうと思いますが、商人などに扮装するのは、すぐに地元の人に怪しまれるでしょう。そこで、私のこの額髪を剃り落とせばよいのです。そうは思いましたが剃刀がありません。今、この鋏を手に入れたのは、幸いなことです。私の心は決まっています。両友と共に進むべく、一人故郷へ退くわけには参りません。さあ、行きましょう」
と左手(ゆんで)をかけて、引き出した額髪を、みずから例の鋏で、早くも切り落としていた。信乃と現八はこれを見て、等しく感心して、遂には止めることも出来ず、
「犬田殿、犬田殿、鋏の例えは極めて興味深いです。そのようまでめでたい事象があると、なんとかその意味に任せましょう。鋏で切った後の髪が長いのも短いのもあります。刈り平(なら)しましょう」
というと小文吾は喜んで、
「そうならば、お願いします」
と撫でて見て、鋏を現八に渡すと、
「こちらを向いて」
と側について、鋏が残した額髪を残さず刈り取ると、前日に剃った月代(さかやき)と、同じ様になった。信乃も側で左見右見(とみこうみ:あちこちを見ること)して、
「たまたま、たいそうな姿になりました。姿を目立たないようにするには、丁度よいでしょう。さあ、行きましょう。計画の通り、滝の川へ向かいましょう」
と言いながら笠を被ると、両人も笠を深くして、後について、先に立ち、旧の田んぼに出ると、日陰は落ちて、目を瞠りながら、そよぐ稲葉に風を感じて、七下(ななつさがり:午後四時頃)になっていた。
(その1 ここまで)