南総里見八犬伝 三 第五輯第二巻第四十一回 その1 | 徒然名夢子

徒然名夢子

日々此々と過ごしけるに
東に音楽の美しきを聴けば、其処何処に赴き
西に優れたる書物のあると聞けば、其処何処に赴き
其処においても何処においても
心楽しからむことのみを願い生きることは
我の本心にほかならず

新潮日本古典集成別巻 三
南総里見八犬伝第五輯
巻之ニ
 
第四十一回 木下闇妙真訝依介 神宮渡信乃遭矠平
 
      木下闇(こしたやみ)に妙真依介訝る
      神宮渡(かにわのわたり)に信乃矠平に遭(あ)う
 
 
 蜑崎十郎照文は、文五兵衛と一緒に、逃げる悪党を追い散らして、もとの所に戻ってみると、妙真は草の上に伏沈んでいて、頻りに呼ぶが応えることはなかった。
 
「これは、どうしたのか」
 
と驚き慌てて、両人が右から左から、ゆっくりと助け起こしながら、急いで清水を救って、顔に吹きかけるなどをすると、介抱のききめがあり、妙真は少し心地が着いて、目を開いて吐く息に、狭霧が雨に振り変わり、涙を袖でとめかねて、膝から伝う行潦(にわたずみ:雨で地面にたまった水)に、震える体に顔色が悪く、胸さえ曇る夕月に、幽かに影が見えてきて、妙真は、
 
「なあ、古那屋の翁(おじ)、蜑崎殿。このように重なる禍罪に、一つ逃れて、また一つ、とても怪しいかざくもが下り居る程見えなくなって、幼き者はどうしたのだ。その亡骸は木の裏に掛けられているのか、地面に落ちてしまったか、まさか骸を引き裂かれて、七段八段(ななきだやきだ)になったとしても、今一度は見せてくれないか、どこにいるのだ」
 
と問いかけると、またさめざめと泣き沈めば、文五兵衛も溢れ落ちる涙に鼻をつまらせて、
 
「いや、舵九郎が引き裂かれて、亡骸はあそこにあるが、大八こと親兵衛の往方はわからくなっているが、おそらく小児は、犯した罪などないので、夜叉天狗の所行だとしても、兇暴虎狼(きょうぼうころう)の悪者と同じように命を絶たれてはいまい。世に神隠しということがあって、早ければ一、二月(ふたつき)、遅くとも二、三年には戻ってくるものだ。嘆くのは彼の為にならない。神に祈って、仏を念じて、帰って来る日を待ちましょう。いまは、なにもする術がありません」
 
と言いながら、まぶたを押し拭うと、妙真はますます泣いて、
 
「大八こと親兵衛は、あなた様にとっても孫ではありませんか、男は万事、心が強くていらしゃいますが、しかし諦めることも、思い絶えるようなことはありません。ましてや小文吾殿という、素晴らしい男児が一人いらっしゃいます。私は先にも子と嫁を、失ってまだ幾日もたたず、わずかに残す樫の実の、一つと言ってもかけがえも無い、孫さえ神に取られてしまい、嘆かずに、何時までまてばよいのでしょうか。堪えぬ思いに病みでしまって、世にも人にも疎まれるのならば、この野の露と消えてしまいたい。中途半端に呼び生かされて、連れないものは命です。悲しいことよ」
 
と身を投げ伏せて、むせ返りまた咳き上げる、
 
「悲しい事よの」
 
と文五兵衛は、人の歎きも自分の涙も、止めることが出来ず、そのまま立っていた。
 
 照文は声を励まして、
 
「怜悧(さかし)けれども、婦人の憶測、今回の不幸な出来事にあったので、生を軽んじて死を願うのは、これは甚だしい迷いではありませんか。私はよくよく考えてみると、大八こと親兵衛は、神によって隠されて、今その往方を知る方法が無いとしても、必ず無事でいるはずだ。どうしてと言われれば、彼は四歳の小児だけれども、元は犬士の一人ですよ。犬士が一人であることは、伏姫様の御子に等しいのです。伏姫様の御子ならば役行者の擁護もあるにちがいなく、観音薩埵(かんのんさった)の利益(りやく)もあるはずです。それは先日、父房八にけられたとき、一反息絶えたけれども、丶大法師に抱きかかえられて、たちまち蘇生しただけでなく、その胎内から握り籠めていた、左の拳を開いて、仁の字の玉が現れ出て、無かった痣が体にできて、その形は牡丹に似ていたこと、これこそ未曾有の奇特でしょう。およそこのような神童は、窮厄(きゅうやく:災難や大きな困難に出会って悩むこと)の中にあるというが、鬼魅(きみ)もこれを犯すことはできず、水火もこれを損なうことはできない。世の常として阿呆の童子に等しく、野狐天狗(やこてんぐ)に拐かされて、たとえ深い溝で死ぬべきでしょうか。神慮と仏力は凡智をもって、計り知るべき事ではありませんが、舵九郎を屠殺して、親兵衛が救われたのは、役行者の応験ではありませんか。そうでないならば伏姫の御霊が成した、神謀(かんばかり)にちがいありません。彼の姫様は心は雄々しく、かつ孝にして、信あり、義もありました。その心の持ち方と行状は、丈夫(ますらお)にも多くはいません。亡くなられた時の様子と、御遺言の内容を、今ここで思い合わせれば、亡骸は富山に埋もれて、二十年(はたとせ)あまりの古塚の、標(しるし)の松を成長させて、霊は必ず、犬士のことを守っているにちがいありません。私の推量が間違っていなければ、別の犬士と一緒ではなく、今回かの小児だけを、まず一人連れて帰って、主君に見参させようとしたのは、時がまだはやいということを、神慮に叶わず、しばらく隠しているのでしょう。しかし、これはただの推量であって、当たらないということもあります。今は理由も無く失った、親兵衛が元気でありましょう、そうでないのならば玉を握って産まれてくるわけも無く、身に牡丹の痣も現れていませんよ。孫の為に自愛して、還される日をお待ちください。祖母外祖(おおば・おほじ)の愁嘆は、恩愛の切なる者、私の情義にして、ただその一家のうえに係わっている。かの稚児を失って、私の愁嘆も色濃く増して、主君の為には不忠になるかもしれません。友には不信と怨まれるでしょう。今、このときの不詳に惑って、事が思い通りにならないことに怒り狂ってしまえば、私こそ腹を切るべきで、死なないのは命を惜しんでいるのではなく、死ぬことでその益がないからなのです。心を定めて、私が言うことに、納得して迷いを解いてください。起こったことに憤るのは愚痴ですよ。後にかならず良くなります、それを待ってください」
 
としきりに諫め、励ますと、文五兵衛はすぐに悟って、また一緒になって慰めたのだった。

(その1 ここまで)