そこで亀篠は、翌日の未(ひつじ:午後二時頃、午後一時から午後三時の間)を過ぎた頃、
「里の不動堂へ詣でる」
と嘘を言って、ひとりでそわそわと裏口から出て、密かに網乾左母二郎の家に赴き、外に佇んで窺うと、手習子等はすでに帰っていて、歌曲の弟子はまだ来ていなかった。主は柱にもたれていて、一節切(ひとよきり:尺八のこと)を吹いていた。丁度良いと家の中に入ると、左母二郎は振り返って、すぐに笛の手を止めて、
「これは珍しい。何の風に吹かれて、自らおいで頂いたのでしょうか。さあ、こちらへ」
と立って迎えると、花筵(はなむしろ)を開いて、上座へすすめると、亀篠はにこやかに、
「いえ、人伝には言えないことがございます。あなた様の知恵をお借りしようと思いまして、ひとり密かに参りました。外に気をつけてください」
というと網乾は心得て、出居(いでい:出入り口のこと。滝沢馬琴しか使わない用語)の簾(すだれ)を引き下ろして、そのまま奥へ座を進めて、近くによって耳を寄せれば、亀篠は声を小さくして、
「とても言うのが難しい事ですが、あなた様が浜路に恋をしていることを、私は前から知っておりますから、若いときは誰も彼も、世に恥ずかしい事にはなっておりませんよね。見捨てどは思っておらず、婿にでもと思っていましたが、どうしても、浜路と信乃が幼いときに、いろいろな事がありまして、里人等に仲立ちされて夫婦にしようと、許嫁としましたが、言葉は今更反故にすることもできません。荘官殿の心も、あなた様を親しく思い、信乃がいなければ、婿にしよう、家も継がせようと言っております。信乃は妻の甥だが、あれこれの怨みがあり、番作の子なので、自分の為になるものではない。どうやってあいつを遠ざけて、あなた様を婿にしようかと前から言われていましたが、時間がかかりまして、このような計画を立てましたが、信乃は他郷へ赴かせようと思います。就いては、彼が幼い時に、婿引き出物として取らせた、荘官殿の秘蔵の一口(ひとふり)、世に類無き名剣を取り返したいと思うのだが、あからさまに求めては、返すべき物もかえさないでしょう。そこで、このように計りましょう。あなた様もそのように互いに計らって、荘官殿の佩料(さしりょう)をもって、信乃のその一刀をすり替えてください。もちろんこの一刀も長短を前に量って、用意しますので、鞘が合わないということはないでしょう。事がうまくいきましたら、こよなき幸い、あなた様の為にも成功させましょう」
と虚言(そらごと)と実事(まこと)を混ぜながら、言葉巧みに話を作ると、左母二郎はよく聴きながら恥じた顔色で、額に手を当てて、沈吟(うちあん)じて、首を曲げて辺りを見渡して、
「人に知らずにということであれば、このような密事をどうして、軽々しく話すでしょうか。心得ました。それで私は、お嬢様に恋心を抱いてはおりませんが、鮑の貝の片思いでして、姫はとてもつれないのです。そのわけがあるとおっしゃられたので、よくわかりました。そして私が協力して、首尾よく大刀をすり替えたとしても、姫はなおも気強いままでしたら、ご両親も手出しが出来ないでしょう。これはどうしますか」
とその後の計画を聞くと、亀篠は、
「ほほ」
と笑って、
「とても愚かなことですね。粋ではありませんよ。信乃がいなくなれば、浜路は誰に気持ちを寄せれば良いのでしょう。娘がなびくのも、なびかないのも、すべてはあなた様の心次第ですよ。両親の知ることではありません。親の許さぬ夫を連れて、逃亡するものも世には多いそうです。親が婿を定めて後に睦まじいのも、睦まじくならぬも楫(かじ)をとる夫の才覚によるものです。これは世の中の若い方々のことを言っているのです。私の目には訳があると見えるあなた様と浜路の事は、衆人が妬む姿が、池の波がうねるように浮き草を動かして、竿をさす船が隔てるほど、最期にはひとつに寄ってくるのではないでしょうか。もっとお話ししましょうか」
と笑うと、左母二郎は頭を掻いて、
「たしかに、聞けばその通りです。後のことは後にして、まずはじめに大刀のこと、簡単にできるとは思いませんが、命に代えて承りました」
というと亀篠はますます喜んで、更に額を寄せて打合せ、その日の暗号(あいず)、事の首尾、
「これは、このように。彼はまた、あのように」
と落ちも無く、囁いて、頷いて、少々時間が掛かったので、亀篠は急いで別れを告げて走り出て、やがて家に帰って、密かに事の次第を蟇六に話をすると、蟇六はとても喜んで、ひたすら亀篠の口才を賞賛し、
「これで信乃を謀るのはうまくいくだろう。面白くなるぞ」
とほくそ笑みしていたのだった。
そして、その日は暮れて、蟇六と亀篠は、信乃を人気の無い静かな部屋に招いて、
「前に里の誰かがおぬしに浜路を娶らせようとして、しばしば催促したけれども、豊嶋家の滅亡により、去年は世の中が静かで無く、心ならずも引き伸ばした。しかし今年は、許我の御所、成氏朝臣、両官僚家が和議を結び、千葉から熊浦へ、帰城されたと聞く。祖父匠作様は、成氏朝臣の後舎兄(ごしゃきょう)、春王、安王、両公達の近臣だった。そこで番作も父と共に、一旦結城に籠城したのだ。それで元はあの御所はおぬしのが主筋ではあるが、山内、扇谷の両家と不和となり鎌倉を追い落とされ、許我にすら居場所がなく、千葉を頼りにして赴き、その城主である大石殿も鎌倉へ出仕して、両管領に従ったので、許我殿の件についてはおくびにも言いだしかねて、思っていることも言わなかったそうだ。それで今年は、この件の御和議が整って、世はのどやかに、道もとてもひろくなっていた。大塚の家を興さなければならないのは、丁度今、この時ではないか。よってこれまでの私の思いを話そう。それをどのようになされるのか、あなた様が身を立てるためのよりどころにするもの、村雨の宝刀(みたち)しかないであろう。これを携えて許我に赴き、由来を述べて、先祖の忠死を訴え、その宝刀を献上すれば、召し出されることは間違いない。あなた様が許我に留まれば、私は近いうちに、浜路を送り遣わしましょう。また、留まらずに戻ってきても婿養子の披露をして、職祿を譲りましょう。そのときは大石殿も村長にしてはおかないでしょう。おそらく諸司の上に配し、陣代にもなれるかもしれません。私もあなた様の徳によって、たちまち行動すべきと思います」
と言うと、亀篠が側へ寄って、
「私たち夫婦には男児がおりません。力と頼むのはそなたのみです。いろいろと思うことはあるかと思いますが、この話を聞いて、察してくれませんか。六月(みなづき)に旅するので、とても困難だとは思いますが、許我はそんなに遠い所ではないようです。善は急げと俗にも言います。急ぎ考えて行動してください」
と心をこめたように進めた。信乃は軍木五倍二が簸上宮六の為に仲介して、浜路に聘礼物(たのしみのしるし)を贈り、本日の事の内容を、額蔵が密かに知り、すでにそのことを伝えていたので、今、伯母と伯母夫が、日頃密かに考えていた村雨の名刀を許我の御所へ進上せよ、とひたすら進めるのは、
「さては、私を追い出して、浜路を宮六に嫁に出す、下心によるものか」
と言下に悟って、ニコッと笑うと、
「不肖の私ですが、ここまで御慈愛を被ること、とても喜ばしく思います。村雨の宝刀の事は、両公達のお形見ですので、機会があれば許我殿へ、献上せよと親も言っておりました。そしてこのこと、お二方の仰せがなくても、申し出て指図に任せようと思っておりましたら、あれこれと仰って下さって、幸いでございます。たしかに諺にも寸善(すんぜん:わずかばかりの善)、尺魔(しゃくのま:わずかな善に比べて多くの悪)ということもありますので、明日旅立ちたいと思います」
と早る言葉に主夫婦は、大変喜んで、
「心急いで乗せられているのは、私も尾内悦びですが、明日というのはとにかく旅の準備も整わないでしょう。暦を繰って日子(ひがら)がよいのは、あさってと定めましょう。従者には背助か額蔵を、どちらか一人を遣わせましょう。ああ、めでたいことです」
と調子にのると、信乃は、
「ありがとうございます」
と恩を謝して、すぐに部屋に退くと、額蔵は庭の草木に、水を注いでかけていた。丁度良いと招き寄せ、縁側に絶ちながら、今、蟇六、亀篠等に言われたことを、自分が考えている事も合わせて、言葉を急いで囁くと、額蔵はきいて、頷き、
「お考えの通り、あなた様を下総へ旅立たせて、後はあの婚姻を成立させようということでしょう。ただ痛ましいのは浜路殿です。今あの乙女には、その心ばえは、素晴らしくあなた様を慕っていますので、それを知りながら突然捨ててしまい、仮の契りのような夫婦の縁が、後にどのような怨みになるのか不安です」
といわれて信乃は嘆息し、
「人は木石ではないので、いろいろと思うのだが、女子はすべて水性で、寄るのも早く、移るのも早い。私がここにいなくなれば、親の心に従うようになるだろう。大丈夫というものは、恋々として一人の女子に、生涯を誤るわけにはいかない。今得がたいものは時である。ただ、捨ててゆくのみ」
と言うと、額蔵は、
「承知したました」
と答えて、すぐに立ちわかれ、庭の隅々を掃き出すと、信乃は家の中に入っていった。
(その3 ここまで)