それから五六日ほど経った頃、養女の件がととのったので、仲介の男は、その子の親と蟇六との間に証文(あかしぶみ)を取り交わさせ、彼は七貫文と一緒に女の子を大塚へ送ると、亀篠はすぐに抱きついて、まずその顔をじっと眺め、また指から足の裏まで、泣いているのも構わず体を引き延ばし、裏返してじっくりと見て、がやがやと笑って、
「三十二相[注2] が揃っているとは、どこをさしていうのか知らないけれど、本当にこの子は掘り出し物だ。これをみてごらんなさい」
と寄せてみせると、蟇六はますます頼もしくなり、
「良い子だ、泣くな。何かあげよう」
と袂(たもと)に右手を入れて、取り出した果子(かし)の花もみじ、実はならず親を知らない子ですらも、さすがに口には孝行をすると言い、朝四暮三(ちょうしぼさん)[注3] の猿ぐつわ、取り出し見せると徐々に泣き止んだ。実に頑固なものは、偏見固執の心があって、自分の物だと名前をつけて、おかしくてみていられないほど愛に溺れて、他人からの嘲笑を知る余裕もなく、なおさら蟇六と亀篠は、妬ましかった番作夫婦の鼻をくじこうとだけ思っていたので、この養女を浜路(はまじ)と名づけて、身分に過ぎた美しい衣服で飾らせ、どこそこで遊山、あそこで物詣と称して下女に抱かせて、小者に先導させて、四十老女の亀篠も、鎌倉様の衣を襲(かさ)ねて、ひと月のうち、何遍も出歩いて日を費やし、銭を費やして、周りの嘲笑を感じていなかった。それのみならず、自分の娘の髪置紐解(かみおきひもとき:七五三の行事)という年には、身の丈十倍の美服を着せて、健やかなる男の肩に上らせて、氏神詣でにかこつけて、あちこちの人に見せびらかすと、周りから諂(へつら)いの言葉巧みに、褒める者があれば、家裏で飴などを惜しげも無く、皆その人々へ贈ったので、本当に甘い親だと評判が立った。こうして浜路は成長するままに、やや物事を知るようになるころより、糸竹(いとたけ:琴や笛の和楽器)の技に師を見つけて、朝から夕方まで、演奏し、舞い踊らせて、隣近所の迷惑も顧みず、すべてが怨みとなっていったので、生まれたときに顔形が人並以上に勝っていたので、鳶が子に鷹ありと、娘を褒める噂を聞いて、二親は微笑んで、自身への嘲りがあるのをまったくわかっていなかった。
「位が高く、富栄えて、世に威徳(いきおい)のある婿だから、このようになったのだ」
と誇っていた。
--------------<<注釈>>-------------
[注2]三十二相(さんじゅうにそう)
正確には、「三十二相八十種好(さんじゅうにそうはちじっしゅこう)」のこと。三十二相は仏の姿の特徴の32種類のこと。この特徴の詳細を述べたのが八十種好相(はいじっしこうそう:八十随好形ともいう)である。
この三十二相はまず教典に記述され、後に仏像(釈迦如来)が作られていったときの基本的形態の要素となった。次に大智度論第四、大正蔵から以下に抜粋する。
三十二相(出典:「仏教図鑑」、佐和隆研編、吉川弘文館、1961)
1.足の裏が平らで、大地に立つと地と足の間が密着する
2.各足裏に千輻輪があらわれている
3.手と足の指が繊かで長い
4.足踵が広く、円満である
5.手足の指に水掻きのようにまくができている
6.手足が柔軟で、高貴の相をなす
7.足の甲が高くもりあがって、亀の甲のようである
8.伊尼延(いにえん:鹿)の膝のように繊かく円い
9.直立した時には手が膝をなでるくらい長い
10.象王、馬王のように陰相がかくされている
11.身長と手を広げた長さが等しい
12.体に生えているすべての毛は上になびいている
13.毛孔にはすべて一本宛の毛が生えている
14.全身が微妙に金色に輝いている
15.四辺に一丈の長さの光が輝いている
16.身体の皮は細薄で、一切の塵も汚れもつかない
17.両手、両足、両肩、首筋、体の肉が円満で柔軟微妙である
18.腋の下にも肉がついていて、凹所を作らない
19.上半身が威容端巌なること獅子の如くである
20.仏の身体が広大で端直無比なこと
21.仏の両肩が円満で、ゆたかな状態であること
22.四十歯が美しく並び、鮮白で、清潔である
23.歯の大きさが一定して、隙間が無くて、離れてみると一本に見えるほど美しい
24.上下、四本の牙の色は鮮白で、鋭利である
25.両頬がふくらんでいること獅子のようである
26.仏の口は常に最上味を味わう。又何を食べても最上の味である
27.仏の舌は軟薄にして広長で、もし口より出せば、顔全体を覆い、髪の生え際まで届き、口に入っても口中に一杯にはならない
28.梵天王の五種の声の如くに美しく、大きい声で、聞く者を感嘆させる
29.眼睛は青蓮華のように紺青色である
30.牛王のそれのように、まつ毛が長く美しく、乱れていない
31.仏の頂上の肉が隆起しており、その形が髷のようである
32.仏の眉間に白毛があって、右旋しており、のびると一丈五尺になる
1.足の裏が平らで、大地に立つと地と足の間が密着する
2.各足裏に千輻輪があらわれている
3.手と足の指が繊かで長い
4.足踵が広く、円満である
5.手足の指に水掻きのようにまくができている
6.手足が柔軟で、高貴の相をなす
7.足の甲が高くもりあがって、亀の甲のようである
8.伊尼延(いにえん:鹿)の膝のように繊かく円い
9.直立した時には手が膝をなでるくらい長い
10.象王、馬王のように陰相がかくされている
11.身長と手を広げた長さが等しい
12.体に生えているすべての毛は上になびいている
13.毛孔にはすべて一本宛の毛が生えている
14.全身が微妙に金色に輝いている
15.四辺に一丈の長さの光が輝いている
16.身体の皮は細薄で、一切の塵も汚れもつかない
17.両手、両足、両肩、首筋、体の肉が円満で柔軟微妙である
18.腋の下にも肉がついていて、凹所を作らない
19.上半身が威容端巌なること獅子の如くである
20.仏の身体が広大で端直無比なこと
21.仏の両肩が円満で、ゆたかな状態であること
22.四十歯が美しく並び、鮮白で、清潔である
23.歯の大きさが一定して、隙間が無くて、離れてみると一本に見えるほど美しい
24.上下、四本の牙の色は鮮白で、鋭利である
25.両頬がふくらんでいること獅子のようである
26.仏の口は常に最上味を味わう。又何を食べても最上の味である
27.仏の舌は軟薄にして広長で、もし口より出せば、顔全体を覆い、髪の生え際まで届き、口に入っても口中に一杯にはならない
28.梵天王の五種の声の如くに美しく、大きい声で、聞く者を感嘆させる
29.眼睛は青蓮華のように紺青色である
30.牛王のそれのように、まつ毛が長く美しく、乱れていない
31.仏の頂上の肉が隆起しており、その形が髷のようである
32.仏の眉間に白毛があって、右旋しており、のびると一丈五尺になる
八十種好が考え出されたのは、釈迦像が造られ始めたのとほぼ同時に、過去七仏としての弥勒如来、それにつづいて阿弥陀如来、さらに跡になって薬師如来が造られるようになり、三十二相だけでは、バリエーションが固定化するため、考え出されたのだと思う。すなわち、文章で描かれたイメージを具体的な姿として現すために、必然的に多彩な様式が必要になったのだ。
[注3]朝四暮三(ちょうしぼさん)
「朝三暮四(ちょうさんぼし)」と同じ。
意味は、人を巧みに言いくるめて騙すこと、また、物事の根本的な違いに気付かない愚かな人のこと。
列子
宋有狙公者,愛狙,養之成群,能解狙之意;狙亦得公之心。損其家口,充狙之欲。
俄而匱焉,將限其食。恐眾狙之不馴于己也,先誑之曰『與若芧,朝三而暮四,足乎』、
眾狙皆起而怒。俄而曰『與若芧,朝四而暮三,足乎』眾狙皆伏而喜。
宋有狙公者,愛狙,養之成群,能解狙之意;狙亦得公之心。損其家口,充狙之欲。
俄而匱焉,將限其食。恐眾狙之不馴于己也,先誑之曰『與若芧,朝三而暮四,足乎』、
眾狙皆起而怒。俄而曰『與若芧,朝四而暮三,足乎』眾狙皆伏而喜。
この故事に因る。時代は春秋時代。簡単に訳すと以下の通り。
「宋の国に狙公という人あり、猿を愛し、また、猿もそれに応えた。狙公が貧し猿達に与える餌を減らすことにした。それを猿達に
『今日から朝の餌を減らす』
と説いたが、猿達は激怒し狙公は
『ならば夜から餌を減らす』
と言ったところ猿達は皆ひれ伏して喜んだ。」
(その2 ここまで)