南総里見八犬伝 一 第三巻 第五回 その2 | 徒然名夢子

徒然名夢子

日々此々と過ごしけるに
東に音楽の美しきを聴けば、其処何処に赴き
西に優れたる書物のあると聞けば、其処何処に赴き
其処においても何処においても
心楽しからむことのみを願い生きることは
我の本心にほかならず

 定包は聞くとすぐに、眉間を細めて、大息をついて、

「里見は結城に味方していた者だ。落城したときに討たれたと聞いていたが、この場所へ漂着して、大軍を起こしたとは、とにもかくにも納得できない。しかし、実際に東条が落城して、酷六がうたれたのであれば、城兵がここに戻ってきて、報告しないということはないはずだ。また金碗孝吉は神餘家代々に仕える譜代の家臣であるが、役を捨てて逃げ去った罪人である。自分の身をおくところがないまま、密かに隠れて戻ってきて、あちらこちらで愚かな民を惑わし、野武士を集め、いろいろな根拠のない風説を流して、味方の活気をくじく、偽の策略にちがいない。そうであれば、敵の総大将は本物の里見ではあるまい。とは思うが、わしのために、腹心股肱の勇臣である、幾内があっけなく討たれ、鈍平も深傷を負ったことは、戦は時の運とはいうものの、侮れない敵ではある。これはより一層城のすべての門を固く守らせ、さらに東条へ使いを走らせ、現状を見て来させれば、事の子細もあきらかになろうぞ。」
 
と言葉も言い終わらないうちに、小姓達が走り来て、東条の落武者らが逃げ帰ってきたことを告げると、定包は、
 
「東条が落城したのは嘘ではなかったか。わしがその事を自ら聞こう。者どもを庭に連れてこい、急げ、急げ」
 
と急がせて、小姓達は心得たように走り去った。
 
 しばらくして、酷六に従い、東条からかろうじて脱出できた雑兵ら三、四人が十王をかたどった籠手(こて)と脛当(すねあて)、腹巻鎧があらあらしくみえるが、餓鬼亡者のように疲れ果てて、膝に手をかけて引きずって歩く足は、一歩は高く、一歩は低く、庭口よりよろめきながら入ってくるのを、定包は近くに呼び寄せて、
 
「おいおい、者どもよ、東条が攻められたときに、落城する前に、急いで事件を報告せずに、すでに敵がこちらへ攻め寄せて、その後に、おめおめとやってくるとは、六日の菖蒲(あやめ)、十日の菊(時期が遅く役に立たない例、六日の菖蒲も同じ)、と同じで役にたたず、方法がなくなったではないか。どう考えても、お前達の落ち度である。」
 
と睨んで言うと、おそるおそる、雑兵四人が一斉に言うには、
 
「お怒りはごもっともとは思いますが、城は息つく間もなく落城してしまいましたので、急を告げる連絡をする暇もございませんでした。その理由は、このようなことでございます。」
 
と小湊の村長らが、金碗八郎を縛って来て、深夜に城戸を開かせた謀の内容や、一瞬の間に敵の大軍が、どっと押し入ってきて、すぐに城を落としてしまったこと、萎毛酷六は妻子をつれて、笆の内から落ち逃げようとしているところを八郎に追いかけられて、妻子は谷へ転がり落ち、皮骨が砕けて死んだこと、萎毛は金碗に討たれたときの様子、これらを事細かく述べ、
 
「我々はこの事を、すぐにも早く殿に知らせようと、思いましたが、城兵の大半が降参して敵はますます勢いづき、街道を逃げたなら追いついて殺されることは間違いないと思い、小道を選んで入り、山越えをして来ましたので、敵より後に来たと、お咎めをこうむるのは、しかたがございません。」
 
と詫びれば、定包は歯をくいしばって、
 
「さて、金碗八郎が、結城の落人を引き入れて、この事は皆あやつが計画したことだ。さあて、わしが自ら馬に乗って出て、まず金碗のやつを生け捕らなければ、この煮えたぎった腹を冷やすことはできないぞ。急ぎ出陣の準備をせよ。」
 
と勇んで立ち上がり、大声で命令すると、古くからの家臣らは、
 
「もう遅い」
 
とつぶやき合って、東条の落武者に目配せをして、手負いの岩熊鈍平を持ち上げて起こし、ほとんど全員がその場所から退出していった。定包はそのようなことは知らないまま、まだ勢い猛々しく、大声を上げていたが、ふとあたりを見れば、人が誰もおらず、命令のしようがなく、よくよく思い起こしてみると、
 
「うかつに撃ってでるのは、極めて危険だ。要はこれだ。」
 
とひとり頷き、老党、近習を呼び出して、籠城の用意をかれこれと、手落ちのないように説明して、
 
「義実は大軍といっても、もともとは烏合の衆だ。今日より十日を待たずして、兵糧が尽きて退陣するであろう。そのとき急いで、追って撃てば、金碗などは当然のこと、大将義実を生け捕りにするのは、袋の物を取るより簡単である。思うに、麻呂小五郎は道理に暗い武士で謀るには足らない。期待にそうのは安西だけだ。思慮があることをかねてより聞いて折る。そうであっても、わしが今、利をもって誘い、こうだこうだと、策略をたてて、東条を取り返せば、義実はいったん逃げるだろうが、帰るところもなく、進退窮まって、そこらへんの雑人(ぞうにん)の手にかかって、死んでしまうにちがいない。敵がここに寄せてくる前に、この事を知らせる使者を出してやれ。誰か今、わしのために館山平館に使いをする者はおらぬか。」
 
と感情をこめて、問うてみると、妻立戸五郎(つまたてとごろう)という名の者が、定包の呼びかけに応じて進み出て、
 
「それがしが、うけましょう」
 
とこたえると、定包は大いに喜んで、
 
「お前は、幾内、鈍平らに劣らず、わしの心を知る事ができる者だ。行きたいというのを許さないわけがない。館山平館に急ぎ行き、景連らに言うべき内容は、
 『定包は亡き主人の領地を治めて、二郡を支配しているのだが、結城の落人里見義実が、当国へ漂着し愚民を惑わし、野武士を集め、不意をついて東条城を乗っ取り、勢いに乗って、すでに滝田へ押し寄せている。兎に煮られて狐患う、という諺のように、この禍(わざわい)は遠からず、そちらにも同じように及ぶであろう。定包は取るに足らない領主だが、正当に神餘家の領地を受け継いだのだから、旧交はいまも続いていると考えている。お互いに、隣郡の戦を救うことで、共に利益を得ましょう。速やかに出陣して、東条を攻め落とし、敵の後ろを襲ってくれれば、義実は三面六臂(さんめんろっぴ:ひとりで数人分の働きをすること)の勇将であろうとも、三方に敵を受ければ、防戦もうまくいかずに、皆殺しにできること、まったく疑いのないことである。義実を簡単に殺すことができれば、これは両君の賜(たまもの)である。したがって、定包は平郡一郡、滝田一城で十分であるから、誰にもまして東条を攻め落とした方に長狭郡をお渡ししよう。』
 と丁寧に述べるように。」
 
と言えば、戸五郎は面をあげて、
 
「おっしゃることはわかりましたが、もしも里見が滅んだときには、長狭郡を他人に取られるような自ら所領を削るのならば、余所(よそ)の助けを頼む理由がありません。よい方策を検討しなければ、後悔されると思いますが。」
 
と老党と一緒になって諌めれば、定包はすぐに微笑んで、
 
「お前達もそう思うか。これはわしの謀じゃ。鷸(しぎ)蚌(ぼうふら)持って漁師に取られる(一石二鳥のこと)、というように、長狭一郡を餌にして、安西、麻呂らに東条をとりかえさせ、さらに里見を滅ぼせば、景連と信時は利に目がくらんで、互いに確執し、不和になるであろう。この両者が東条を争い、合戦にでもなれば、一方は傷つき、一方は必ず打たれてしまうだろう。わしは、そこでその隙をついて、安房、朝夷の二郡を取るのだ。この国は、これで統一され、居ながらにして四郡をにぎることができるのだ。気持ちの良いことであろう。」
 
と得意顔で説明すると、戸五郎は、すっかり感激して、定包の書簡を拝みながら受け取り、身軽な鎧に身を包んで、駿馬に乗って鞭打って、館山を目指して、走り去ったのだった。
 
(その2 ここまで)