或る男の半生 | 徒然名夢子

徒然名夢子

日々此々と過ごしけるに
東に音楽の美しきを聴けば、其処何処に赴き
西に優れたる書物のあると聞けば、其処何処に赴き
其処においても何処においても
心楽しからむことのみを願い生きることは
我の本心にほかならず

 彼は、九州の田舎町で生まれ、中学生まで地元で過ごし、成績がよかったので都市部で教師をして一人住まいをしていた姉の家で同居を始める。入学した高校は県内でも有数の進学校で、同級生も皆優秀で田舎町出身であることをコンプレックスに感じていた。

 この高校では生徒全員がなんらかの部活動に入部することが義務付けられていて、彼は中学時代から続けていたバレーボール部に入った。彼自身は背はさほど大きくなかったがセッターとして中学時代は活躍していた。高校のバレーボール部は先輩を含めてほぼ180cm代の部員で占められていて、先輩セッターも183cmあった。彼だけが170cmに届くかどうかという身長で、ここでも大きなコンプレックスを感じていた。

 しかし、同学年のNは中学時代から県下一のセンターとして全中でも活躍していたので、彼はNのことを知っていた。逆にNも彼のことを知っていた。県内の大会で幾度となく対戦し、センター対セッターの戦いは、頭脳戦にもつれあい、Nは彼のことを脅威と感じていたのだ。そのことをNが彼に言うと、お互いの意識や過去の対戦などのことで話すようになり、次第に友人になっていった。そしてNによって同学年の部員たちにも受け入れられるようなっていった。

 

 Nの幼馴染Tは同じ高校で剣道部に入っていた。このTと僕が同級生だった。Tは人気者で人の悪口は言わない、言い争っている人たちを見ると仲裁に入る、といった善行者だった。僕やNも含めて多くの友人がTに集まっていた。そこに彼が加わり、さらに友人の輪が広がっていく。高校の3年間はおおむねこの友人を通じて楽しい思い出ばかりだった。彼はNと同様に文系に進み、首都圏の大学へも進学した。

 大学進学後、N以外の友人とのつながりも切れてしまったが、僕は彼の住むアパートを把握していて何度か訪れたことがある。しかし、引っ越しした後、彼との連絡はとれなくなっていた。

 男は大学卒業後、ある酒類メーカの営業職として就職する。なれない初対面の人とのコミュニケーションやふと言葉のはしについて出る方言に悩みながらも、懸命に働いた。そして、ある出勤の朝、新宿駅のホームへ向かう階段で、僕と突然であった。人ごみの中、互いに名刺を交換して、連絡するといっただけで、別れてしまった。そして互いに仕事の忙しさにかまけて連絡することはなかった。

 数年がたち、同僚女性と恋愛して結婚した。結婚式に呼ぶ友人はもっぱら会社関係と大学関係だった。幸せな夫婦生活と順調な仕事、何も問題はなかった。そして数十年がたったころ、口内炎がひどく食べたり、しゃべったりすることが困難なため、会社のそばのクリニックで診察されたところ、大学病院での検査を受けるように言われた。不安な気持ちがありながら、大学病院で検査を受けたのち、ある難病であることを診断された。まだ初期症状であること、これから起こるであろう症状など説明され、その難病について理解するためのパンフレットをもらい、難病指定の申請等についても提示された。彼は、まるで他人事だと思った。会社はどうしたらよいか、と聞いたら、医師はストレスが一番の敵ですから、ストレスのない職場ならよいかと思いますが、経済的事情が許すのであれば、定年間近かと思われますので、いっそリタイアして静かな場所で療養されるのも、一つの方法です、と言われ、あくまで参考までに、ゆっくり奥様と相談なさってください、と諭された。

 薬をもらって、家に帰ったものの、妻と話をしてもなかなか要領を得なかった。翌日から会社で仕事をしていたが、やはり痛みでつらくなり、人事部で産業医とともに面談した。1週間引き継ぎののちまず1年間休職という扱いで養生することが決まった。

 家に帰り妻に会社を休みことを話をした。妻は彼と二人でゆっくりと過ごすことができることを喜んでいた。妻なりに彼の難病のことを調べていたようだった。

 しかし、半年を過ぎたころ急激に病状が悪化し、とても苦しんだ。痛みに苦しむ彼を見た妻はいつも泣いていた。そして彼は決意した。僕はのちに短慮だと批判したが、頑固一徹なところが彼らしい、とも言った。

 妻と離婚し、共有財産はすべて、退職金の半分を慰謝料として渡した。そして彼は姉が住む家へと引っ越した。

 

 帰郷前、僕の古い名刺にあった電話番号に電話をしたが、会社が移転していて電話がつながらない、そこで電子メールアドレスに連絡をしたところ、同じアドレスを使っていたので、受信することができた。その後電話で話を何度かしている。

 彼の姉も一人で悠々自適で彼の面倒を見てくれているそうだ。病院も近く、環境も首都圏よりはずっと良いので、だいぶ症状も落ち着いているという。奥さんからもときどき電話があるそうだが、僕はなぜ離婚までする必要があったのか、聞けないでいる。自分がみじめになっていくところを最愛の妻に見せたくないという意地なのか。妻につらい思いをさせたくないという気持ちなのか。症状は落ち着いているというが気持ちはどうなのか?と聞いたら、まぁ、なんとなくほっとしているよ、と言っていた。Tも引っ越し日に来てくれたという。友人も故郷に残っているので、落ち着けるだろう。

 彼のこれからの戦いを遠くから見守り、祈っている。