山家集 上 春 第34 (きぎすを) | 徒然名夢子

徒然名夢子

日々此々と過ごしけるに
東に音楽の美しきを聴けば、其処何処に赴き
西に優れたる書物のあると聞けば、其処何処に赴き
其処においても何処においても
心楽しからむことのみを願い生きることは
我の本心にほかならず

片岡(かたおか)にしば移(うつ)りしてなく雉子(きぎす)

  たつ羽音(はおと)とてたかからぬかは



片岡とはある方向だけになだらかになった丘状の土地をさす。「しば移り」とは、あちこちと頻繁に移動を繰り返すこと。終句の「かは」は反語。

歌意

なだらかな片岡をしきりに移りながら鳴く雉子の

  飛び立つ羽音は高いはずだ



折句

かしなたた
にてすては


ちょっとしたタングラムだ。

冠には「たかし」、沓には「果て」「既に」が含まれる。

(雉子の)高い鳴き声は、(命が)既に果てていくようだ。

まぁこれは考えすぎの解釈だが、必死に鳴く雄の雉の「ケーン」という高い声が、悲鳴にも似て辛い憂き世を思い出させたに違いない。