第8 おくやまに... | 徒然名夢子

徒然名夢子

日々此々と過ごしけるに
東に音楽の美しきを聴けば、其処何処に赴き
西に優れたる書物のあると聞けば、其処何処に赴き
其処においても何処においても
心楽しからむことのみを願い生きることは
我の本心にほかならず

 猿丸大夫の

 おくやまにもみちふみわけなくしかの こえきくときそあきはかなしき 



という和歌だが、第2回で、猿丸大夫=柿本人麻呂として、任地の石見国に赴いたときに、隣の安芸国で戦支度をしている様子を嘆き悲しんだというように解釈した。

その後、いろいろと考えめぐらしてみると、粘土のことに思い当たった。粘土とは焼き物を作る際に使われる土だが、石見、三河、淡路の瓦は百済帰化人によって、多くの寺院で使われた。特に石見瓦は赤色のため貴重であった。赤いということは土に含まれる鉄分が豊富であり、おそらく希少な鉱物なども採れたのではないだろうか。聖武天皇が全国に国分寺を置くさいに、この石見国(現在の浜田市)にも巨大な国分寺が置かれたのは、そういった資源産出国という国の地位の高さを示すものだろう。
 



鹿の声というのはほとんど聞こえないし、臆病な動物なので聞いた人はいない、したがって、山中鹿に出会って、その声を聞くことなど無い、だからこの歌に描かれている状況は「うそ」ということになる(ということも前回書いた)。



それから、「かなしき」=「金敷」と読み取ると、「ふみわけ」というのが、足で踏む鞴(ふいご)で金属の精錬所を想像させる。「おくやまに」=「多苦の山荷」と連想し「もみち」=「ふいごで燃え上がった炎」と考えてみる。

さらに「なく」=「無く」=「泣く」=「亡く」と通じさせて、「鹿」=「死者」、鹿自体には釈迦が鹿野苑で説法を始めたという意味もあり、仏の救いのようなものも感じられるが、すでに末法時代を目前としている時に、救いはあるのか?という意味も「鹿」にはこめられているのかもしれない。だから「鹿の声」=「仏の声」=「仏の救い」という楊爾も考えられる。



 



問題は「あき」だ。これがわからない。「あ」は感嘆を意味し、「き」は何もない空間、または危険、嫌悪、自然のものを意味している。で、おもいついたのが「あぎ」。これだと「吾君(あぎ)」となり、親しい誰かを指している。ここでは自分の妻としてみよう。では、訳してみよう。



 



「多くの苦しみや重い荷を背負って山に入ってみると、そこでは製鉄のためのふいごを足ぶむ人足たちが、辛い思いをして働いて、その勢いで炎が赤々と燃えさかっているではないか。そこまでして武器を作らなければならないのか。ここに仏の救いの声は届くのだろうか、聞こえてくるのは刀を鍛造する金敷の音だけなのだ、我妻よ。」



 



倒置法で訳したのはこのほうが感じが強まると思ったからだ。