9月18日(火曜) Side:Osa
小佐昭護は、ここ最近、『何かがおかしい』という違和感に悩まされていた。
問題の原因は明らかだった。
それは仲の良い友人二人の変化だ。具体的に言うと、小佐の知らない間に、友人2人がいつの間にかクラスの中で違和感なく溶け込んでいるということ。
別に、本来なら、クラスに馴染むというのはそうおかしなことではない。むしろ、普通はもう2学期にもなってクラスに馴染んでいないという方がおかしいだろう。そんな奴がいたら、よほど人付き合いが嫌いな非社交的な奴か苛められているのかのどちらかだ。もちろん、小佐の友人2人はそのどちらにも当てはまらないタイプだ。だが、小佐自身を含め、友人2人と小佐にはクラスに馴染めない特殊な事情があった。少なくとも実際に一週間前までは、友人2人はクラスに溶け込んでいる様子はなかった、はずだ。
クラスに馴染めない3人は、必然3人だけでつるんでいたし、今だってそれは変わらない。だがこうして今――昼休みの食堂、目の前で繰り広げられる光景はこれまでにはなかったものだ。
その友人二人――ミノとニーサンと小佐は呼んでいるが――がクラスメイトと実に自然に談笑しているという事実は小佐にとってはやはり驚きだった。同じ席に座ってはいるが、小佐だけが黙って箸を動かしている。蕎麦を啜りながら横目でちらと見るが、冗談を言い合う様子には不自然な感じがしない。だが小佐にとってはその自然さこそが不自然だった。
正直に言うと、小佐達三人がクラスに馴染めないというのは他のクラスメイト達にも問題があった。クラスメイトらも三人を遠ざけていたのだ。あるいは三人をどう扱っていいか困惑していたと言ってもよい。勿論、彼らがそう敬遠するそもそもの原因は小佐達にあったのだが。さらに言うなら新学期、小佐達の方もそこまでクラスに溶け込もうという努力をしなかった。こうして気が付いたら迫害されるでもなく、必要最低限のことしか喋らない淡白な関係が自然に形成されていたのだ。
だが、クラスメイトの間で何らかの合意がなされたのか、それとも気さくなニーサン辺りが実は陰で頑張っていてその努力が実を結んだのか、いずれにせよ小佐の預かり知らぬところで、変化は確実に起こっていた。そして小佐としては、自分だけがその事情を知らず、クラスに馴染めていないという現状がなんとも物悲しいと同時に、そのことに違和感を覚えていたのだ。
(『俺達三人はいつでも一緒だ』と誓ったのに――)
昨日は、意を決して、それとなくタカトーに突然クラスに馴染むようになった訳を尋ねてみた。
「いやいや、何言ってるんよ? 普通に三組の仲間だぜ?」
「そうだよねー」と傍で同意するクラスメイト。「オサ君、おかしなこと言うね」
――そんなバカな、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。おかしい。おかしいのは自分じゃない。何かがおかしい。絶対におかしい。
3組の仲間。いかにも青春くさい表現だが別にそうおかしくはないだろう。だが、少なくとも1学期の時、『三組の仲間』には小佐達3人は含まれていなかった。
なにせ、彼らは本来一年三組のクラスに混じっているはずのない2年生なのだから。
小佐達3人は、とある事件がきっかけで落第し、2回目の高校1年生となっていたのだ。
ダブり、落第、留年――進級できずに同じ学年をもう一度繰り返しやり直すこと。
正確には『原級留置』という。ダブったことで得た数少ないものの一つが、自分の学校の進級制度等の無駄知識だった。大抵は出席日数が足りないか単位が足りない(成績不良)という理由で原級留置処置となるが、本校生徒として問題のある行為があった場合も懲罰的な意味合いで原級留置処分が科されることがある。
大学ならまだしも、こうして自らが高校で落第するなど夢にも思っていなかった小佐としては、郷里の親にも恥ずかしくて話せていない。高校1年でいきなり落第とは先が思いやられるとは思いつつも、だが実際のところダブりの原因となった『事件』を起こしたことを小佐は全く後悔していないどころかむしろ誇りにすら思っていたし、共にやらかした友人2人ミノとタカトーも自分と同じ気持ちであると確信していた。
それでもだ。やはり2回目の1年生というのは何かと苦痛が多かった。隠し通せればあるいは違ったかもしれないが、ダブりというだけでクラスからは奇異の目で見られ、さらに風の噂で落第した理由を知ったクラスメイトはそれとなく小佐達を避けるようになった。
ある種の尊敬と、バカなことをという軽蔑、そして何より、なんでそんなことをしたのかという疑問とそれゆえの得体の知れなさと恐怖。それらが混ざり合った視線が『事件』のことを知ったクラスメイトの、小佐達への評価を示していた。
だから――これまで小佐達3人は対立こそしないが決してクラスに積極的に溶け込むことはなかった。したくても無理だったし、諦めてもいた。その内、『事件』のことが自然に忘れ去られるまでは小佐達はどうしてもそういう目で見られるし、どうしても浮いてしまう運命なのだ、と。
それが、どうして――いつの間に――俺だけ知らない何かがあったのか――心の中で渦巻く疑問、疑念。小佐は困惑していた。そして、普段の小佐なら何の躊躇いもなく2人に聞くであろう所だが、ある種の猜疑と恐れが2人の友に詳しく問い詰めるという行動を止めていた。
(~さらに言うなら、ここ最近の違和感の理由はおそらくこれだけではない。今まで忘れていたが、他にも些細な違和感があった。
例えば、3日前の土曜日、いつもの面子で遊びに行く約束をしていたのに――(いや、あれは自分が悪い)と思い直す。
また、『事件』を起こしてからそろそろちょうど1年になるのだが、誰もが忘れてしまったかのように『事件』のことに触れもしないというのも小佐には不思議でしょうがなかった。これではまるで、
(『事件』そのものがなかったことになっちまったみたいだな――)
と、ありえない妄想をしてしまう程度には、小佐はじりじり悩んでいた。
*
小佐昭護は、ここ最近、『何かがおかしい』という違和感に悩まされていた。
問題の原因は明らかだった。
それは仲の良い友人二人の変化だ。具体的に言うと、小佐の知らない間に、友人2人がいつの間にかクラスの中で違和感なく溶け込んでいるということ。
別に、本来なら、クラスに馴染むというのはそうおかしなことではない。むしろ、普通はもう2学期にもなってクラスに馴染んでいないという方がおかしいだろう。そんな奴がいたら、よほど人付き合いが嫌いな非社交的な奴か苛められているのかのどちらかだ。もちろん、小佐の友人2人はそのどちらにも当てはまらないタイプだ。だが、小佐自身を含め、友人2人と小佐にはクラスに馴染めない特殊な事情があった。少なくとも実際に一週間前までは、友人2人はクラスに溶け込んでいる様子はなかった、はずだ。
クラスに馴染めない3人は、必然3人だけでつるんでいたし、今だってそれは変わらない。だがこうして今――昼休みの食堂、目の前で繰り広げられる光景はこれまでにはなかったものだ。
その友人二人――ミノとニーサンと小佐は呼んでいるが――がクラスメイトと実に自然に談笑しているという事実は小佐にとってはやはり驚きだった。同じ席に座ってはいるが、小佐だけが黙って箸を動かしている。蕎麦を啜りながら横目でちらと見るが、冗談を言い合う様子には不自然な感じがしない。だが小佐にとってはその自然さこそが不自然だった。
正直に言うと、小佐達三人がクラスに馴染めないというのは他のクラスメイト達にも問題があった。クラスメイトらも三人を遠ざけていたのだ。あるいは三人をどう扱っていいか困惑していたと言ってもよい。勿論、彼らがそう敬遠するそもそもの原因は小佐達にあったのだが。さらに言うなら新学期、小佐達の方もそこまでクラスに溶け込もうという努力をしなかった。こうして気が付いたら迫害されるでもなく、必要最低限のことしか喋らない淡白な関係が自然に形成されていたのだ。
だが、クラスメイトの間で何らかの合意がなされたのか、それとも気さくなニーサン辺りが実は陰で頑張っていてその努力が実を結んだのか、いずれにせよ小佐の預かり知らぬところで、変化は確実に起こっていた。そして小佐としては、自分だけがその事情を知らず、クラスに馴染めていないという現状がなんとも物悲しいと同時に、そのことに違和感を覚えていたのだ。
(『俺達三人はいつでも一緒だ』と誓ったのに――)
昨日は、意を決して、それとなくタカトーに突然クラスに馴染むようになった訳を尋ねてみた。
「いやいや、何言ってるんよ? 普通に三組の仲間だぜ?」
「そうだよねー」と傍で同意するクラスメイト。「オサ君、おかしなこと言うね」
――そんなバカな、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。おかしい。おかしいのは自分じゃない。何かがおかしい。絶対におかしい。
3組の仲間。いかにも青春くさい表現だが別にそうおかしくはないだろう。だが、少なくとも1学期の時、『三組の仲間』には小佐達3人は含まれていなかった。
なにせ、彼らは本来一年三組のクラスに混じっているはずのない2年生なのだから。
小佐達3人は、とある事件がきっかけで落第し、2回目の高校1年生となっていたのだ。
ダブり、落第、留年――進級できずに同じ学年をもう一度繰り返しやり直すこと。
正確には『原級留置』という。ダブったことで得た数少ないものの一つが、自分の学校の進級制度等の無駄知識だった。大抵は出席日数が足りないか単位が足りない(成績不良)という理由で原級留置処置となるが、本校生徒として問題のある行為があった場合も懲罰的な意味合いで原級留置処分が科されることがある。
大学ならまだしも、こうして自らが高校で落第するなど夢にも思っていなかった小佐としては、郷里の親にも恥ずかしくて話せていない。高校1年でいきなり落第とは先が思いやられるとは思いつつも、だが実際のところダブりの原因となった『事件』を起こしたことを小佐は全く後悔していないどころかむしろ誇りにすら思っていたし、共にやらかした友人2人ミノとタカトーも自分と同じ気持ちであると確信していた。
それでもだ。やはり2回目の1年生というのは何かと苦痛が多かった。隠し通せればあるいは違ったかもしれないが、ダブりというだけでクラスからは奇異の目で見られ、さらに風の噂で落第した理由を知ったクラスメイトはそれとなく小佐達を避けるようになった。
ある種の尊敬と、バカなことをという軽蔑、そして何より、なんでそんなことをしたのかという疑問とそれゆえの得体の知れなさと恐怖。それらが混ざり合った視線が『事件』のことを知ったクラスメイトの、小佐達への評価を示していた。
だから――これまで小佐達3人は対立こそしないが決してクラスに積極的に溶け込むことはなかった。したくても無理だったし、諦めてもいた。その内、『事件』のことが自然に忘れ去られるまでは小佐達はどうしてもそういう目で見られるし、どうしても浮いてしまう運命なのだ、と。
それが、どうして――いつの間に――俺だけ知らない何かがあったのか――心の中で渦巻く疑問、疑念。小佐は困惑していた。そして、普段の小佐なら何の躊躇いもなく2人に聞くであろう所だが、ある種の猜疑と恐れが2人の友に詳しく問い詰めるという行動を止めていた。
(~さらに言うなら、ここ最近の違和感の理由はおそらくこれだけではない。今まで忘れていたが、他にも些細な違和感があった。
例えば、3日前の土曜日、いつもの面子で遊びに行く約束をしていたのに――(いや、あれは自分が悪い)と思い直す。
また、『事件』を起こしてからそろそろちょうど1年になるのだが、誰もが忘れてしまったかのように『事件』のことに触れもしないというのも小佐には不思議でしょうがなかった。これではまるで、
(『事件』そのものがなかったことになっちまったみたいだな――)
と、ありえない妄想をしてしまう程度には、小佐はじりじり悩んでいた。
*