葬儀社主婦なむ子です。

先日本屋さんで手にとりました本ですが

パラパラと斜め読みしておりましたら

ある言葉が目に飛び込んできました。



「自分が死ぬ時ときはがん死がよい」



ちょっと衝撃的な言葉なのですが・・・、


実は2年ほど前に葬儀のお手伝いをしたお家の方からも

まったく同様の言葉を伺った事があるのです。


その方のことに関しては当ブログでも一度

記事にしたことがあります。

「わたしはね、がんで死にたいと思っているのよ。」

2年前のわたしでしたら、自分がそうした大きな病気だとわかったら

あわてるでしょうし、目の前が真っ暗になるでしょうし、

そしてすぐに「手術」を考えたかもしれません。


その方のがん介護のお話を聞く機会がなければ、

実は今回、『がんと闘わない生き方』という本を

手に取ることもなかったかもしれません。

がんと闘わない生き方/小野寺時夫
¥1,365
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さっそく購入しまして読み始めたところなのですが

がん死を迎えた2,500人以上の患者に接してこられた著者が

がん医療の全体を客観的に、冷静に見て書かれた本です。


著者自身もまた、自分ががんで死ぬということを

真正面からとらえて、考えられていらっしゃいます。


とにかく、お医者さんの書かれた本、というより

スピリチュアルの専門家が書かれたような

厳しい修行をされてこられたお坊様が書かれたような

とにかく、そんな印象の本ですね。


まだ読み始めですので前半数十ページ程度ですが

心に残った部分をご紹介したいと思います。


・がん死の場合は、心不全や脳卒中と違って、

助からないとわかってからしぬまでに期間があるという

よい面があるのです。


・がん死には死に向かうつらさはありますが、

人生を締めくくる生き方ができ、身辺の整理をすることも

周囲に別れのあいさつをすることもできます。

 最近は、がん末期の身体的苦痛も十分に緩和してもらえるように

なっています。多くのがん死の患者を診ている医師たちのあいだでは、

「自分が死ぬときはがん死がよい」という人が圧倒的に多いのです。


・一般的には、助からないとわかってから亡くなるまで

6カ月から2年くらいの人が多く、この期間をどう有意義に過ごすかが

もっとも重要になります。

とはいえ、「一日一日を有意義に、悔いのないように生きよう」

などと考えすぎると、かえってストレスになってよくありません。

いままでの生活をふつうに送れて、それが長く続けばよいのです。


・「がんに負けない」という気持ちで強く生きた人や、

何かをやりとげて亡くなった人は、

「がんに負けない」とがんばったのではなく、そういう生き方ができる

幸運があっただけなのです。


・人それぞれ自分の考え方や生き方があって、

どんな生き方をしようと、その人なりでよいのです。

他人と比較したり、世間をきにしたり、肩を張る必要はないのです。

落ち込み続けているのはよくありませんが、「がんに負けない」と

がんばる必要はなく、自然な生き方をすればよいのです。

何かを目標にして強く生きることができないからと、

劣等感をもつ必要はまったくありません。


・死ぬときのことは考えてどうなるわけでもないのですから、

できることなら、死ぬことを考える暇がないほど

自分のやりたいことに夢中になり、最終の時期を短く死ぬのが

最良だと思います。


・死を受け入れることは、敬虔(けいけん)な信仰を持つ人でさえも

容易ではありません。

死を受け入れようと受け入れまいと、大切なのは、

できるうちに、やりたいことや、やらなければならないことを

たくさんやっておくことです。

「死と妥協する」「死を悟る」というのは、

死に近づいても淡々と生きることなのです。


よい死に方をすることは、結局、がんになる前に

よい生き方をしていることだと思います。

自由に動けるうちに、やりたいことをできるだけ多く

やっておくことにつきます。

そして、やろうと思うことができない最終の時期になったら、

がんばる必要はまったくありません。

体の苦痛を十分にとってもらって、「悪くない人生だった」と

考えられれば最高です。

苦しい時期をあまり長く生き続けないほうがよいのです。


などなど・・・。


冒頭部分からこういった言葉が随所に見られます。


続きが楽しみです。


また、ご紹介する部分があるかもしれません。