今日はあたたかく、うららかな一日でしたぁ:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
2月も後半にさしかかり、「三寒四温」なんて言葉も
ついつい出てきそうな陽気です![]()
(o^-')b三寒四温とは、中国や朝鮮などの大陸から来た言葉で、
もともとは「晩秋から初春にかけのシベリア高気圧の強弱の周期を
表していた」ようなんですが、日本では冬から春にかけての気候の
変化が‘3日寒いと次は4日あたたかくなりだんだん春に近づく’
という言葉と合っていたようで、3月初旬に使われる言葉になっている
ようです。
もちろん本来の意味とは異なるわけですが、日本の風土に合った言葉
として、日本人に馴染んでいるのであれば、それは間違いとは言えないな、
と、こうなむ子は思うわけです(・・。)ゞ
その土地に馴染んだ「風習」というものは、意外と葬儀の場面で
多々遭遇することがあります。
これは地方からご親戚が見えたときによく分かると思うのですが、
葬儀の形一つをとってもまったく違います。
お通夜を自宅でして、葬儀・告別式をセレモニーホールに移して行う。
葬儀・告別式の早朝荼毘にふして、その後告別式を行う。
真夜中かけて火葬にして、翌日家族が迎えに行く。
都内は、通夜・葬儀告別式を同じ式場で行い、その後火葬の形が主です。
それから焼香にしても違います。
導師が転座(祭壇の正面をずれて座ること)してから焼香を始める場合。
親族全員の指名焼香がある場合。
都内は親族に引き続き弔問者の焼香・・もそうですが、通夜のほうが人数が多い
ことを加味して、弔問者の焼香から始まる場合もあります。
そして「お清めの塩」![]()
お清め塩って何のために使うのですか?
と聞かれたら、多くのかたは「ケガレを払う」と答えるのではないでしょうか。
(o^-')bちょっとモノを知っている方でしたら、「清め塩」は不要だということを
ご存知ではないでしょうか?
不要というより、必要だという根拠がない・・ということなんですが。
お清めとして「塩」が用いられるようになった時代背景を説明しようとしますと
なむ子お得意の「長文ブログ」になってしまうので割愛(省略すること)しますが、
以下のような歴史的意味があるといわれています。
①清めという意味合いでの「塩」は八百万の神という神道の元に根源があります。
古事記ではイザナギが海水で禊(みそぎ)を行ったと記されています。
②日本人はより根源的な神道的感覚を持ちつつ、江戸時代になって
仏教中心の葬儀形態になって以降も、「ケガレを祓う=塩」というふうには
直結していませんでした。
「お清め=米(米の霊力)」というとらえ方であり、宗教儀礼そのものを
ケガレに対抗する力ととらえていたフシがあります。
③ではなぜ葬儀で「塩」が用いられるようになったか?
お清めに「塩」が用いられるようになったのは明治以降だと聞いていますが
一説には葬儀社や塩販売店の商品の一つとして、また売名のための
媒介として・・・とも言われています。
会葬礼状にセットでつける「塩」の小袋の裏側に会社名を入れたりしていた
からなんでしょうが、なぜこんなに「清め塩」の必要性が広まったのか、
それはよく分かりません・・・(・・。)ゞすみません
これは当社で使っている「清め塩」ですが、理由は‘可愛らしいから’![]()
会社名も入っていません。
(o^-')b注意![]()
「清め塩」はほとんどが「非食品」になっているはずです。
食べちゃダメですよ![]()
実際、各地の仏教会では「清め塩廃止」の決議をしているところもあります。
浄土真宗や、真宗大谷派などでは「清め塩」を入れないことは
よく知られているところです。
ただ、なむ子はこんなふうにも考えます。
「塩」を使う使わないは、仏教者であるお寺さんの説明如何ではないか、と。
仏教の経典のどこをとっても「塩」を必要だとする根拠がないというのは
修行をされてこられた宗教者の領分なのではないかと思います。
葬儀社の領分は、ご家族に心を寄り添わせるところだと考えています。
ご家族が後から「塩がはいってなかった!」 などとクレームを受けないように、
そしてご家族がこれからもお世話になる近親者が「塩」ひとつに動揺されないよう
常に万全の態勢で臨むだけです。
地方から来たご親戚が「塩」が必要!というのであれば喜んで準備するのも
当然のことのように思います。
・・・とはいえ誤解のないように申し上げますと、
ウチは「塩しお・・!」言う方には、必ず!
「あのぉ~、本来お塩は必要ないんですよねぇ~」って言ってるんですよね![]()
↑「ぷちっ!」といただけますと、たいへん「南無なむ・・」でございます(^人^)
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