如來所以興出世(如来所似興出世)
如來…御釈迦様(浄土真宗で「如來」は阿弥陀如来を意味するが、この詩句からは「釈迦仏の章」なので)
所似…理由、訳。
興出世…仏がこの世に出現する。
ゆいせみだほんがんかい
唯説彌陀本願海(唯説弥陀本願海)
唯説…〜を説く。
彌陀本願海…阿弥陀仏の本願の深く広い事を海に譬えたもの。
ごじょくあくじぐんしょうかい
五濁惡時群生海(五濁悪時群生海)
五濁…末法悪世の姿を五つの視点から指摘されたもの。劫濁・見濁・煩悩濁・衆生濁・命濁の五つ。
群生海…衆生と同じ意味。一切の生きとし生けるものの存在全てを指し、それを海に喩えている。
おうしんにょらいにょじツごん
應信如來如實言(応信如来如実言)
應…〜べし。
如來… 御釈迦様
如實言…真実の言葉。
のうほいちねんきあいしん
能發一念喜愛心(能発一念喜愛心)
一念…信心を頂いた瞬間。
喜愛心…歓喜愛楽の心のこと。信心と同じ。
ふだんぼんのうとくねはん
不斷煩惱得涅槃(不断煩悩得涅槃)
煩惱…心身を悩ませ、煩わせること。
得涅槃…涅槃に至ることが定まった位。正定聚のこと。
ぼんしょうぎゃくほうさいえにゅう
凡聖逆謗齊廻入(凡聖逆謗斉回入)
凡…智慧が浅く、煩悩に束縛される凡夫のこと。
聖…智慧が優れていて、仏道修行に堪えゆる聖者のこと。
逆…五逆(父殺し、母殺し、聖者殺し、仏身を傷つける、教団の和を乱す。)のこと。
謗…仏法を謗り、悪口を言う。
齊…等しい。
廻入…自力心を捨てて、他力信心に回心帰入すること。
にょしゅうしにゅうかいいちみ
如衆水入海一味
衆水…色々な水。(細い川、太い川、濁った川)
一味…同じ仲間。一党。
一つひとつの言葉の意味を繋げると…
如來所以興出世(にょらいしょいこうしゅッせ)
お釈迦様が如来としてこの世にお生まれになったのは、
唯説彌陀本願海(ゆいせみだほんがんかい)
海の如く弘大な阿弥陀仏の本願をお説きになるためでありました。
五濁惡時群生海(ごじょくあくじぐんじょうかい)
濁りきった悪い時代を生きる全てのものは、
應信如來如實言(おうしんにょらいにょじツごん)
釈迦如来の真実の言葉を信ずれば良いのです。
能發一念喜愛心(のうほいちねんきあいしん)
阿弥陀如来の本願を聴いて、信心歓喜する心がおこったなら、
不斷煩惱得涅槃(ふだんぼんのうとくねはん)
自ら煩悩を断ち切る事なく、涅槃のさとりが得られるのです。
凡聖逆謗齊廻入(ぼんしょうぎゃくほうさいえにゅう)
凡夫や聖人も、五逆や謗法の重い罪を犯した者も、誰も皆自力の心を捨て本願を拠り所とするなら、
如衆水入海一味(にょしゅうしにゅうかいいちみ)
どの川の水も海に流れ込んで一つにとけ合うのと同じように、平等の目覚めが実現されます。
私なりにまとめた意味は…
「お釈迦様が如来としてこの世にお生まれになったのは、海のように広く深い阿弥陀仏の本願を広めるためでした。濁り切った悪い時代を生きる全ての人々は、釈迦如来の真実の言葉を信じれば良いのです。
阿弥陀仏の本願を聴いて、信じ、喜び、愛する心がおこったならば、いろんな悩み迷う心であっても、そのままの心でさとりを得ることができるのです。普通の人も尊い人も、悪い人も教えを聞かない人も、誰も皆本願を拠り所とするならば、どの川の水も海に流れ込んでとけ合うように、平等に目覚めることができるのです。」
これから先、もっといろんな本を読んで勉強したら解釈が変わるかもですが…これが今の私の精一杯です。