朝日新聞be版(2005/11/05)の『「94歳私の証・あるがまま行く」小澤征爾氏と平和を祈る(日野原重明)』にとても良い詩が載っていたので紹介する。


『 10月21日に、指揮者の小澤征爾さんと「世界へおくる平和のメッセージ」というイベントを開催しました。会場の広島県立総合体育館には全国から7000人を超える観客が集まりました。
 今夏は原爆投下から60年。「詩と音楽」のイベントを計画し、原爆犠牲者の霊に祈りをささげるとともに、世界に平和のメッセージを発信してみようと私と小澤さんとで企画しました。03年秋に小澤さんが私を訪ねてこられた時から温めていた計画が、150人ものボランティアスタッフに支えられ、実現にこぎつけたのです。
 世の中はいま、平和とは逆の方向に向かっています。この60年間、原爆投下の日を迎えるごとに広島と長崎で繰り返されてきた「人殺しの核兵器撲滅」という掛け声はむなしく響きます。太平洋戦争を知る人たちが生きている間に平和を迎える希望は砕かれました。「Don’t kill(人を殺すな)」の「Don’t」の精神は通用しません。それよりも未来を背負う子どもたちに、いのちをもっと愛そうという「Let’s」の精神を根付かせたいのです。
 そんな平和への思いを込めて私が作った詩を、雁瀬(がんせ)由香さんのピアノ伴奏に合わせてイベントの最初に朗読しました。
 「……人を心から愛するためにすべてを恕(ゆる)そう/人の命を愛する国民に生まれ変わって――/……自らの誤(あやま)ちも恕されることを祈ると共に/相手の誤ちを恕し/愛の衣の中で共に抱きあえる日を静かに待とう/少年少女たちよ/この美しい地球上に咲く花や草や木を/空を飛ぶ鳥や/地を這(は)う動物や昆虫/そして私たちを慰めてくれるペットをもっと強く強く抱きしめよう/国境を越えて国民の命を互いに愛し合おうよ/恕しをもつ愛こそが世界の隅々にまで平和をもたらすのだ……/他をいつも配慮する愛の寛(ひろ)き心で/真の平和を世界の隅々まで広げていこう……」
 当日の演目は女優の吉永小百合さんによる原爆の詩の朗読など豪華なものになりました。そして、小澤さんの指揮で演奏されたフォーレ作「レクイエム」の合唱は圧巻でした。合唱団のメンバーはオーディションで全国から選抜され、被爆者の老人も含まれています。中国からの参加者もいて、総勢で450人になりました。平和の調べは静かに流れ、広島の原爆で犠牲になった14万人の霊と聴衆の心とが溶け合う感じを誰もが持ったのではないでしょうか。
 世界各国から集まった子どもたち8人がステージに立ち、秋葉忠利広島市長から折り鶴の輪を渡され、私の詩を一行ずつ詠みあげました。最後に一同が起立して小澤さんの指揮で「広島平和の歌」を歌い、フィナーレを迎えました。私の94年の生涯の中で一番大きなイベントは大成功のうちに閉幕したのです。』


詩の全文は以下である。

『 ~平和の日を子どもたちが~

60年前の真夏の8月6日朝、広島市上空に投下された原子爆弾は
14万人もの人の死をもたらし
あの日を辛くも生き延びた多くの市民も、

その後後遺症に苦しみ悩んで死んで行った
広島の平和公園からは
古びた裸になった鉄骨のドームが60年もの間市民の日々見続けられてきた

生き残った市民たちは悪夢の夜を繰り返し
原爆投下の翌年からは
毎夏、町のあちこちで
「No More Atomic Bomb」のメガフォンの声が荒々しく叫びつづけられてきた

公園の呼び名は「平和」の言葉で飾られてきたが
果たしてこの公園は市民の心に安らぎを与えたか
「殺すなかれ、ドント・キル、核兵器を葬れ」の掛け声の繰り返しからは
本当の平和は生まれてこなかった

そこで、私はこう提唱したい
 人を心から愛するためにすべてを恕(ゆる)そう
 人の命を愛する国民に生まれ変わって-

そうだ
君は知るか
愛の衣には恕しと思いやりが裏地に仕立てられていることを

相手の誤ちを恕した上で
自らの誤ちも恕されることを祈り
愛の衣の中で共に抱きあえる日を静かに待とう

少年少女たちよ
この美しい地球上に咲く花や草や木を
もっともっと愛そう

空を飛ぶ鳥や
地を這う動物や昆虫
そして私たちを慰めてくれるペットをもっと強く抱きしめよう

国境を越えて国民の命を互いに愛し合おうよ
恕しをもつ愛こそが世界の隅々にまで平和をもたらすのだ
「愛は報いを望ます、人に施し、友のためにわが身をも捧げる」※

戦時下でのあの貧しさと苦しさの最中では
戦争や原爆を経験した老人たちは
家族や友人同士
互いに寄り添い助け合って生きてきた話を子や孫に伝えてもらおう

世界の子どもたちが大人になる日までには
平和の世界が必ず実現されることを老人たちは強く念じて
その時が少しでも早く来るのを老人は長生きして待とうよ

他をいつも配慮する愛の寛(ひろ)き心で
真の平和を世界の隅々まで広げていこう
平和の種を皆で空高く広げ、勇気を持って前進また前進だ

~蒼穹(あおぞら)に平和の鳩が大きな輪を描く日を切に待ち望んで~

                               日野原 重明

   (※引用:新約聖書ヨハネによる福音書十五章十三節)             』