kurouの歴史メモ yoritomo-japan

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源頼朝ゆかりの地めぐり、大河ドラマゆかりの地めぐり。
寺社・史跡・人物・歴史・伝説など。
花とイベントも。
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埼玉県北本市の東光寺境内に聳える石戸蒲ザクラは、樹齢800年ともいわれる古木で、国の天然記念物。

蒲ザクラという名は、源頼朝の異母弟で「蒲冠者」と呼ばれていた源範頼にちなんで付けられたと伝えられています。



かつて、石戸蒲ザクラの根元には、二十二基の板石塔婆(板碑・青石塔婆)が立てられていました。

現在は東光寺の収蔵庫に保管されています。

板石塔婆は、死者の供養や生前に死後のやすらぎを願って造られた供養塔。



貞永の板石塔婆

貞永二年(1233年)の銘がある板石塔婆は全国で四番目に古いもので県指定の文化財。

この他、寛元四年(1246年)銘、建長三年(1251年)銘のものもあります。


【板石塔婆の公開】

令和8年3月28日(土曜日)・29日(日曜日)、東光寺で板石塔婆が公開されます。

午前10時から午後3時まで


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板石塔婆は、鎌倉時代から室町時代前期にかけて造立されたものが多く、鎌倉武士の本貫地とその所領に立てられていることから、鎌倉武士の信仰に強く関連すると考えられています。


貞永の板石塔婆が立てられたのは三代執権北条泰時の時代。


寛喜の大飢饉による影響が続いていた時代です。

飢饉の状態は、1239年頃まで続いたものと考えられ、「天下の人種三分を一失す」といわれるほどでした。


寛元と建長の板石塔婆が立てられたのは五代執権北条時頼の時代。

寛元四年は、四代執権北条経時が亡くなり、四代将軍だった九条頼経が鎌倉から追放されるという政情不安定の時代(宮騒動)。

翌年には宝治合戦が起こり三浦氏千葉氏が滅ぼされています。



石戸蒲ザクラ


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鎌倉の桜


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富士宮市の「狩宿さくらまつり」は、源頼朝ゆかりの狩宿の下馬桜を中心に開催される桜祭。

地元特産品の販売やお茶席・舞台公演などが催されます。



「狩宿さくらまつり」の会場は、1193年(建久4年)の富士裾野の巻狩り源頼朝が本陣としたという井出館



井出館の門前に聳えるのが源頼朝が馬を繋いだという「狩宿の下馬ザクラ」(駒止の桜)。


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狩宿の下馬ザクラ


狩宿さくらまつり

狩宿さくらまつりウォーク


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富士裾野の巻狩り

曽我兄弟の仇討ち

巻狩りと仇討ち

白糸の滝


歴史めぐり源頼朝


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2026年(令和8年)2月26日から、大町釈迦堂口遺跡の暫定公開が始まりました。



大町釈迦堂口遺跡は、名越ヶ谷の最奥部の平場と周辺山稜部に位置する鎌倉時代後期から室町時代にかけての遺跡。

長く鎌倉幕府初代執権・北条時政の名越亭跡とされてきましたが、2008年(平成20年)の発掘調査によって、寺院などの宗教施設だったと考えられています。




公開されているのは、発掘調査で建物跡や火葬跡が見つかった「北側平場」や山稜部の「唐糸やぐら」「地蔵やぐら」「日月やぐら」など。

「やぐら」とは、鎌倉を中心として点在する墳墓。

大町釈迦堂口遺跡では火葬も行われていたことが明らかになっています。


【公開期間】
2月26日~3月11日
(土日も含む)

【公開時間】
10:00~16:00





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唐糸やぐら

「唐糸やぐら」は、木曽義仲が源頼朝の様子をさぐるため鎌倉に送り込んだ唐糸が幽閉されていたという伝説が残されたやぐら。



唐糸やぐらの隣にあるのは地蔵菩薩が彫られた「地蔵やぐら」

やぐらの前にある二基の五輪塔には阿弥陀如来を表す種子(梵字)が刻まれています。



切通

北条時政邸の裏門とされていた切通。



「日月やぐら」釈迦堂洞門(釈迦堂切通)の上方西側にあるやぐら群の中の一つ。


「日月やぐら」の内部の壁面には丸い穴(納骨穴)があります。

これが太陽と月の形に見えることから「日月やぐら」と呼ばれています。


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「日月やぐら」周りには七基のやぐらが並んでいます。










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公開期間中はガイドツアーも実施されています(毎日)。
所要時間は約40分

1回目 10:15~
2回目 11:00~
3回目 14:00~
4回目 15:00~



釈迦堂切通が通行止めとなっているので浄明寺側からは行けません。

大町側からのアクセスとなります。





大町釈迦堂口遺跡


日本遺産「いざ、鎌倉」


歴史めぐり源頼朝


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3月14日(土)、江の島の片瀬東浜海岸では江の島流鏑馬が行われます。

奉仕されるのは武田流流鏑馬


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弓馬の礼は、896年(寛平8年)、宇多天皇に命じられた源能有が制定。

能有は、これを貞純親王に伝えます。

そして、貞純親王の子で清和源氏の始祖六孫王経基に伝承され、清和源氏が相伝するようになったといわれています。

経基→満仲→頼信→頼義→義家と相伝された弓馬の技術は、義家の弟義光によって甲斐の武田家・小笠原家に伝えられました。

武田流流鏑馬は、甲斐源氏五代当主・武田信光を祖とする安芸武田家に伝えられた弓馬術。



江の島流鏑馬

武田流流鏑馬


鶴岡八幡宮では・・・
小笠原流流鏑馬が奉仕されます。
小笠原流流鏑馬
4月19日(日)13:00~


江の島武者行列

湘南江の島春まつり


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鎌倉の桜

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金王桜
(渋谷:金王八幡宮)


金王八幡宮金王桜は、源頼朝が鎌倉の亀ヶ谷の館(現在の壽福寺)から移植させた桜と伝えられています。

金王八幡宮の社名は、頼朝の父義朝に仕えた金王丸にちなむもの。

1189年(文治5年)の奥州征伐の際、金王八幡宮に立ち寄った頼朝は、金王丸を偲んで義朝の亀ヶ谷の館から憂忘桜を移植させ「金王桜」と名付けたのだとか。

八重と一重が混生する珍しい桜で、江戸三名桜の一つに数えられてきました。

毎年3月末に「金王桜まつり」が開催されています。




狩宿の下場ザクラ
(富士宮市)


狩宿の下場ザクラは、1193年(建久4年)、富士裾野で巻狩りを催した源頼朝が入御したという井出家前に聳えるヤマザクラ。

頼朝のもとを訪れた御家人たちが馬から下りた場所といわれ、頼朝が馬を繋いだ桜とも伝えられていることから「駒止の桜」とも呼ばれています。

国の天然記念物で日本五大桜の一つ。

毎年4月に「狩宿さくらまつり」が開催されています。


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金王桜

狩宿の下場桜


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鎌倉桜情報


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