パチンコで勝っても嬉しくなれない理由─
それは、或るイメージが付きまとうからです。
テーブルからこぼれたパン屑に群がる蟻の群れ、もしくは投げられた餌に群がって口をパクパクしてる池の鯉。
どちらも美しい光景とは思えません。
でも、パチンコで勝っていくという行為はそういうものなんです。
そこにある現実は店が用意した撒き餌(優良台)を拾っていく作業に他ならないからです。
そして、他の大多数の客が注ぎ込んだ売り上げ金の一部を掠め取っていく作業でもあります。
多くの人間が負け込んでいるのに一部の人間だけが利潤を得ているというのは、多くの側の人間の妬みや反感を買う材料になります。
パチンコは完全確率だから、と説いてもそれらの人間には何も届きません。
店側にしても一部の人間だけに利益を供するために台を開放するわけではありませんから、ときには強制的に排除せざるを得なくなることもあります。
店の土俵で勝負する以上、抗議は無駄な抵抗になるだけ。
要するに一部の勝ち組というのは厄介者なんです。
誰にとってもね。
パチンコ産業そのものが社会から否定的に見られている中で、その内部にあっても邪険にされるのが勝ち組の置かれた立場だとすれば、勝って誇れる気分には到底なれないんです。
私のこの考え方が杞憂に過ぎないことを祈りたいと思います。