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前回のブログの続きで、
アトピーが酷くて薬と仕事をやめてからのことです
薬をやめた次の日、
足の裏以外の全身から汁が出て、
臭い匂いと、全身の皮膚がベットリ重たい感じで起きました
ビックリするとともに、
「あぁ、こういう風になるんだぁ…」って、
これを乗り越える覚悟を決めました
痒みは尋常じゃなく、骨まで痒かった
掻かないようにじっとしてると、ピクピクと足や腕が飛び跳ねる
24時間のうち、23時間くらい掻いてたと思う
掻きすぎて、手の指は腱鞘炎になった
掻くとすぐに、皮膚が破れて汁が出てくる
お肌のキメというものが、どこにも見当たらない
全身から汁が出てるから、ずっと濡れてる状態で、風が吹くと寒い
体温調節機能も崩壊
手には常に綿の手袋をしていた
パーもグーもできない
手袋が汁で黄色くなるので、1日に何回も変えた
服は内側が毛玉だらけになる
私の皮膚はヤスリみたいになっていたから
全身にささくれのある状態で、服に引っかかってその度に痛い
よく掻く部分は、服が破れてくる
乾燥がひどくて、肌はコンクリートみたいになってるから、動かせない
動かすと、バリバリバリって、地割れが起こる
痛くて、20センチ前にある携帯すら、手を伸ばして取ることができなかった
顔は真っ赤でパンパンでガッチガチ
笑うと、目元も口元も割れるので、笑えない
口も開けられない
眉毛も抜けた
おデコが痒くて生え際の毛は抜け、おデコも広くなった
私が歩くだけで皮膚が落ちる
どこもかしこも皮膚!
汁の匂いが臭くて、ずーっとまとわりついてきた
お尻の炎症が酷くて、お尻にタオルをひいておかないと、服もイスもビショビショになってしまう
座るのが痛いから、立ってご飯を食べていた
全身大火傷した人みたいだった
おじいちゃんとおばあちゃんは、私を見て、いつもびっくりしていた
そりゃそうだ
いつも、仏様に私が治るようにお祈りしてくれていた
母は、動けない私をさすりながら、
「私の命と交換で、奈未が治るなら、喜んで差し出すわ」と言っていた
とは言っても、私は明るいアトピーでした
あれだけえらいことになってたのに、
これは、今まで貯めた毒が出ているだけ
全部出きったら、私は治るって、信じこんでいました
私の未来は明るい
って思っていたのです
なぜそう思えていたのかは、今となっては謎
勢いとひどい思い込み
友達にも、「ピーアトで、ルーシーがよぉ」って、ふざけてた
常にむけて、落ちてくる皮膚を、服の袖から出して「ビブーティー」って、サイババの真似をしてた
手に出た汁で手形を押してみたり
むけた皮膚をスーパーの袋にいっぱいためて、「こんなに脱皮したー」って人に見せていた
体から垂れてくる汁をカップにためたりした
アトピーが酷くて、仕事をしていないときも、
汁がすごくて、化粧も出来ないのに、マスクして帽子をかぶって、お友達と出かけていた
動くのも痛いのに、ずっとかいてるのに、よく出かけられたなぁ
顔を洗うのも、手も顔も痛いから、覚悟を決めるのに1時間かかる
痒くて準備ができなくて、約束の時間なんて守れない
お友達も、こんな私をよく誘ってくれたなぁって思う
感謝しかない
薬を5月にやめてドロドロにひどかったのは数ヶ月
11月ごろには、みんなが驚くほどに、だいぶ綺麗になってきた
まだ痒いところや、汁が出てるとこをはあったけど、あのひどい時に比べたら、なんともないさ〜って感じだった
あれだけ耐えたし、私は前向きだから、治るのも早いんだ〜って、調子に乗って、派遣に登録して、事務の仕事を始めた
12月 乾燥と一緒に痒みが復活
またアトピーが酷くなって、3月に仕事をやめた
また同じようにコンクリートのお肌になる
痛いし、痒いし、臭い
落ち込んだけど、そりゃ、そんなに簡単には治らないよな
世の中には、もっと辛い病気の人がいるんだから、これくらい頑張ろう

また夏が過ぎて、調子が良くなってくる
9月 直島へ一人旅に行く
(家以外のところで泊まるのは、かなりのチャレンジでした。皮膚も落ちるし、ケアする道具がいっぱい必要だから)
一人旅の後、また派遣で事務の仕事を始める
10月 プロポーズを受ける
(まさかの驚き‼️私にはアトピーが酷くなる前から付き合っていた彼がいて、その彼は、いいのか悪いのか、私のアトピーが気にならないという、不思議な人だったのです)
12月 また乾燥とともに、アトピーがやってきた
1月〜3月がピークに酷くなる
仕事は休みながらも、服の下はガーゼグルグル巻きで続けた
それまで頑なに、薬を塗らないでいたし、その時も薬は使いたくなかったけど、
会社の人に心配され、迷惑かけてるのに、病院に行かないわけにはいかず、皮膚科に行った
薬を塗らずに酷い状態の私を見た皮膚科の先生が、「私の娘だったら、バカか!って言ってるよ」って私に言った
やっぱり薬を塗るしかないの?
塗ったら、また同じことじゃないの?
大泣きして友達に電話をかけた

「どーしたらいーかー、わーからんーーー」
友達だってどうしたらいいか分からんよね
結局は、薬は塗らなかった
大泣きして電話している私を見て、父が、
「どうした?誰か死んだのか?」 笑
なんて呑気な父
プロポーズを受けたものの、アトピーが酷くなり3カ月放置
2月の一番ひどい時に、
彼に「ゼクシィとか買わないの?」とうながされ、ゼクシィを買う
ボロボロの状態で、式場の下見に行き、決めてくる
(ワクワク感なし。よく行ったな)
春がすぎ、アトピーが落ち着いてくる
7月 8月 お友達が、ウォーキングに誘ってくれて、仕事終わりに、毎晩、大笑いしながら2時間くらい歩いていたら、アトピーが急激に良くなっていった
周りのみんなが喜んでくれた
夏が過ぎて、
12月の結婚式の準備と新居への引越し準備などで、大忙しの日々を送る
ウォーキングもできなくなる
11月 乾燥とともに、やっぱりちょっと悪くなってくる
11月中旬 結婚式に向けて、皮膚科に行って薬をもらってきた
結婚式は綺麗な状態で出たいから、結婚式までの2週間は、薬塗る!って決めた
12月 なんとか無事に式を挙げられた
普通の人と比べたら綺麗でもないけど、酷くもない状態
新婚旅行でハワイに行った
ハワイにいる間、すごく良くなって、不思議だった
帰国後、すぐにアトピー悪化


実家暮らしの時は、アトピーが酷くても、仕事を乗り越えたら、帰って、掻いて寝るだけだったけど、
結婚して家事もしなきゃいけなくなり、
ペース配分が分からなくなる
自分の理想としていた結婚生活とはかけ離れた生活になる
5月 仕事をやめた
アトピーが酷いとき、仕事を休みがちで迷惑をかけていたにもかかわらず、
「正社員にならない?」と誘ってもらったのを断っての退社で、心苦しかった
新婚生活
私のアトピーで最悪な空気
今まで明るかった私も、泣いてばかり

友達に「もう二度と言わないけど、死にたい」と電話で話す
(死ぬ気なんてないよ。言いたいだけ。)
なんで結婚したんだろう
離婚したい
私はなんでここにいるの
なんの役にも立たない人間だ
人をガッカリさせてばっかりで情けない
なんで私ばっかり
頑張って耐えてきたのに
まだ足らないの
TVに映るアイドルを見て、みんなアトピーになっちゃえばいいのに
ひがみ全開
ネガティブなオーラをまとった、とっても迷惑な人になっていました

はい
今だから分かる治らないPOINT
耐えるだけでは治らない
ビックリすることに、私はお酒もタバコも吸っていました(やめようと思っても、やめられなかった)
自分中心ではなく、周りに合わせて思考しているーーーーつづくーーーーー