2025年3月27-31日 聖書通読86-90日目
みことばで神様と交わろう
ヨハネ18-21章
島根に行って4日間、家を空ける前に祈ったことがある
。それはシクラメンが守られること
。
昔何度か、秋の終わりにシクラメンを買った。でも、どうもうまく育てられなくて、私はシクラメンを買うことをやめた
。
ところが昨年11月、母に奇跡が起きた頃、下の兄が立派なシクラメンの鉢をくれた。とっても美しかったけれど、翌日水やりを忘れて家を出たら、帰宅後一斉に花が倒れていた
。うわぁ〜と焦った。1日でも忘れると全部倒れ、あわてて水をやると数時間後にはバシッと復活して立ち上がる。すごい
。
私は思った。ああ、天国に行った親友Sちゃんは花を育てるのが上手だったなぁ
。それで、彼女の言葉を思い出した。そうだ、花の終わったものとか枯れた葉を丁寧に取るとか言ってたな。それで毎朝、きれいに摘み取っていく。シクラメンはたちまち元気になった
。何度も何度も新しい濃いピンクの花を咲かせ、私は毎日感動を受け取った。11月からクリスマスも過ぎ、お正月も越して、3月終わりになっても、次から次へと美しい姿を見せて、ずーっと私を楽しませてくれた
。
それなのに!4日間も水やりができないなんて。1日忘れても倒れてしまうのに、4日間も留守にするのだから、イエス様に頼るしかない。私は祈った
。「イエス様、私のいない間、シクラメンをお守りください。」
そう祈ったものの、島根から帰ったときは倒れた姿を覚悟していた。ところがシクラメン!なんと美しく咲いていた
!イエス様ー
それだけじゃなかった。シクラメンの横にはあの!ミニトマトがあった
。昨年6月に娘が蒔いたミニトマト。夏休みの宿題だったのに、ひょろひょろ伸びるだけだったミニトマト。花が咲いたのは年が明けた1月。そのとき早くも「実がなるかな」と期待する娘を私は制した。「実のことはいいの〜。花が咲いただけでママはもう十分感謝してるの。」私はイエス様が花を咲かせてくださった感動を台無しにしたくなかったのだ。実のことまでとても考えられなかった。
そんなミニトマトの花の下に小さな丸い膨らみを見つけたのは2月。もう嬉しくって、大騒ぎをした。うっわー!かわいい!毎日少しずつ大きくなるのを見た。ところが、ある程度まで来ると動きは止まった。ひょっとして赤くなるかな、とかすかに期待したけれど、一向に赤くならない。それどころか、あるとき家に帰ると、茎が途中で折れてしまっていた〜
。
あー!2つの緑の小さな実は力なくぶら下がっていた。割り箸1本の支えでは高さが足りなかった。さすがに、ここでもう終わりか、、、と思ったけど、もう一本割り箸を付け足して高くした。折れた茎も真っ直ぐにして、お菓子の袋についていた針金リボンでくくりつける
。
そんな風にしていたミニトマト、なんと!シクラメンの向こうで赤くなっていた〜
。私は「緑のままでもいいの」と思っていたのに、もう、びっくりのびっくりだった。翌日、赤い実が2つともコロロンと落ちて、自然収穫。私は幸せな気持ちで赤いミニトマトを眺めた
。私はシクラメンのことを祈ったのに、主は私が祈ってもいないミニトマトの収穫までくださった
。
ああ、娘が「植えて」私が「水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です
(Ⅰコリント3:6)」「ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です
(Ⅰコリント3:7)」
神であるイエス様は毎日毎日、私たちに何かを見せ、何かを聞かせ、何かを感じさせてくださる。私たちにそのご臨在を現してくださる。たとえ、私たちの心が腐っても、私たちの信仰が折れても、そんなことはものともせず、私たちを支えてる
。私たちの目には頼りにならないように見えるものでも、こんなもので何になると思えるようなものでも、主はあらゆるものをもって、私たちを立たせ、御霊の実を実らせてくださる。毎日毎日、その働きは止むことがない
。「その一つ一つを書き記すなら、世界もその書かれた書物を収められない(ヨハネ21:25)」。
ああ、信じる者をイエス様が毎日リードしてくださり、そうして、私たちの口の発する「私の主、私の神よ(ヨハネ20:28)」という響きを主がさらに実感の伴うものにしてくださる。ハレルヤ

ミニトマトの黄色い花が咲いたとき![]()
ミニトマトの緑の丸い実を見つけたとき🟢
私は新しく造られた者
神が喜び楽しむ者
私はイエス様の中に
イエス様は私の中に
今日もみことばで交わろう
Reading the Bible is not about checking a box - it’s about building a relationship with Jesus!


