父はいわゆる未信者ですヒツジ


個人の考えや意思を尊重してくれる人で、

無関心でもなく、干渉するでもなく、


自分の意思でやるのならいいんじゃない?というスタンス。


家庭をとても大切にする人なので、

夜帰っても家族がいなかったり、日曜日も家族で過ごすことができなかったり、

そういうことはきっと、ものすごく寂しかったんじゃないかなと思うしょぼん



私は3歳下に妹がいたせいもあり、小さい頃からお父さんっ子でした恋の矢


妹が小さかった頃はよく、休みの日に父と2人で散歩したり、登山したり、

会社の人たちと行くスキーやキャンプにに連れて行ってもらったりしていました。


今になって思うと、母がJWを始めてから、

休みの日に父とちょこちょこ出かけられなくなって寂しかったな汗



父はいわゆる「理解のある未信者の家族」だと思いますが、

よその家のお父さん達が集会の送迎をしたり、記念式には参加したりする一方で、

私の父は絶対そういうことをしなかった注意


周囲の人たちからは、

「naminamiちゃんのお父さんも来てくれるようになるといいわね」

的なことを言われて肩身の狭い思いをしたこともありましたが、


なぜか私は、父はそのままでいい、と思っていた。

JWにならなくていい、と思っていた。


たぶん、幼心に、JWになじめない感があり、

ある意味、父を避難場所にしていたんだとおもう走る人



そのせいか、思春期になっても男親に対する嫌悪感などはなかったです合格


『JWの基準』でしか話のできない母との窮屈な会話に比べ、

父には自分の考えを何でも自由に話すことができた。


夜中の2時3時まで話し込むこともしばしばだったし、

父の仕事の展示会なんかについて行くこともありました。



あと、本当に感謝しているのは、

幼少期から妹が高校を卒業するまで、

年に何回かはスキーや登山に家族を連れて行ってくれたこと虹


JWゆえの偏った学校生活を強いられていた私たちにとって、

そういった体験はかけがえのない情操教育になったと思います。


窮屈な思いをしながらもなんとか「自分らしさ」みたいなものを保つことができ、

JWを辞めた後もそれなりに自分を見失わず今の私があるのは、父のおかげなんだと思うアップ



おかげさまで、父は今も元気です。


実家を出てからも、仕事のことなんかで長電話をする仲です。

歳とともに生来の頑固さがややUPしている感もありますが…


いつまでも元気で長生きしてほしいですドキドキ

35歳女子、フツーの社会人をしております


仕事も充実、趣味も充実、まぁまぁ楽しく生活してます音譜



私が幼稚園児のときに母がJWと出会い、JW人生が始まりました


それから中3のときにバプテスマ で 22才くらいで自然消滅…パー



JW組織を離れてからだいぶ経つので忘れてしまってることも多いとはいえ、


三つ子の魂なんとやら、ですね


JW2世であったことは自分のルーツ(!!!イヤだけど)みたいなもんで、


避けては通れないなぁガーン


と、三十路になってから思いはじめたのでした



ネットでいろいろ調べるようになったり、他の方のブログを読んだり、


自分のなかで悶々としていたのですが、



ふと、発信してみる気になったので、ブログ開設。


続くのかは謎…だが。笑