一般社団法人浪江町地域文化フォーラムです。
2025年12月19日、大字樋渡共同墓地の宝篋印塔調査を行いました。樋渡共同墓地の入り口に安置されています。宝篋印塔とは称しながら、笠と相輪は異なったものになっています。塔身の梵字はかなり磨滅しているので、今後拓本などで確認したいと思います。しかし、中世までは遡れないと思います。
なお、この宝篋印塔については吉田長蔵「熊野宮信雅王墓調査」(宮内庁宮内公文書館蔵67243)という古文書(宮内庁所蔵の公文書)に記述があります。本文の解釈などについては、当法人理事西村慎太郎のブログ「浪江町大字誌編纂調査日誌」をご覧ください。
https://ameblo.jp/namie-gongendo/entry-12951277680.html
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火渡ノ紀念塔
十二、浪江町大字樋渡ニハ往時火渡摂津守ガ居住シ居タリ、其隣地西ノ御門(西ノ帝)ニアリシ龍飛山法蓮寺ノ趾ニ石塔ノアリシヲ先年共同墓地内ニ移轉シタリ、其石塔ノ高サハ九尺餘、上部正面ニ直徑三寸位ノ十六菊紋章アリ更ニ其下部ノ右上部ニ北畠氏ノ笹竜膽ト左下部ニハ菊水紋トニ依テ中央ノ十六菊紋守護セルヲ表刻ス、其下柱形石ノ四面ニ四字ヲ以テ一行トナシ一面四行宛、計六十四文字刻ミアリ、砂質ノ石ニシテ表面磨滅シタル爲メ確カニ認メ難キモ正面ノ始メ二行ハ判讀シ得タル、曰ク、
「免龍無朝有其子孫」
此措辞婉曲ニシテ寓意深長ナリ、即チ元中九年両統御媾和ノ御聖約ニ基キ 後小松天皇ノ皇太子ニ立タセ給ヘルハ 後亀山天皇ノ第三皇子広成親王御事実仁親王ナリ、然ルニ皇位遂ニ同親王ニ及バザリシヲ、諷刺シテ「免龍無朝」ノ四文字ニ表現シタルモノト解ス、「有其子孫」ハ解ニ及バズ其御子孫此世ニ在スノ意
此ノ紀念塔及ビ大堀村字酒井ノ供養塔ト云ヒ何レモ腐蝕磨損ノ状況ヨリ察スルニ建設後既ニ数百年ヲ経過シ正ニ残留忠臣ノ精神ガ籠レルモノナルハ言ヲ待タズ、
