調査日誌144日目 -若松第一尋常高等小学校長・標葉長治による「記」について③- | 『大字誌 浪江町○○』調査日誌

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旧「『大字誌浪江町権現堂』編さん室、調査日誌」のブログ。2021年3月12日より『大字誌 浪江町権現堂』(仮)を刊行すべく活動をはじめました。2023年11月1日より町域全体の調査・研究のため新装オープン。

2024年3月24日。

 

昭和8年(1933)の標葉氏顕彰運動に関わる古文書を見ています。鈴木松五郎宛標葉長治書状について翻刻しました。標葉長治は若松第一尋常高等小学校の校長です。

 

標葉長治書状に付けられていた「記」を翻刻しいますので、続きを見てみたいと思います。適宜読点を付けたいと思います。

 

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一、星神社ハ大字行津・下浦・上浦三大字ノ鎮守ニシテ、地方ニテハ神威新(ママ)タカナルモノト尊崇置ク能ハザル村社ナルガ、近年マデ遷宮等ノ場合ニハ標葉家ニテ御身体(ママ)ヲ御遷シ、他ノ人ハ御身体(ママ)ニサハラズ、若シサハル様ナコトアレバ重クシテ倒底(ママ)御遷シ能ハズト云へ傳ヘタリ、

 

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前回のブログから登場している星神社(星宮大明神)について、近年までは御神体に触れられるのは標葉家だけだったと記されています。いずれ、この星神社(星宮大明神)についても確認する必要がありますが、このような由緒が近代には作られていたようです。ちなみに「奥相志」にも少し記載があるようなので、こちらについてもいずれ検討してみたいと思います。