いつきは小さなバーで念願のDJデビューをした。
小さなバーではあったが、
いつきの中の大きな第一歩だった。

それからはイベントを主催するオーガナイザーや、
ベテランのDJに自分を使ってもらおうと
自分で自分を売り込む日々だった。

DJは、DJだけをしていればいい。
というわけではなかった。

まず最初に求められるのが集客力。

どんなにDJが上手くても、
お客さんを呼べないDJは
イベントにすら呼んでもらえない。
DJをする以前に、"お客さんを呼べる"
という事が大前提なのである。

お客さんは「DJのゲスト」で入ると
通常料金よりも安く入場できる。

たとえば、受付で
「DJいつきのゲストで〇〇(お客さんの名前)」
というだけで割引になるのだ。

DJはとにかく
自分のゲストで入ってもらうお客さんを
増やさなければいけない。

クラブ内にいるお客さんに声をかけて、
次は自分のゲストで入ってもらうために
お酒を奢っては連絡先を交換するのだ。

さらに客入りが悪いと
DJやスタッフが街中に出て、
外にいる人たちに声をかけに行く。
集客ができないDJにはギャラすら出なかった。

DJの中には色恋などをして
ゲストを作るDJも、まれではなかった。

「DJはキャバクラやホストと同じだ」
と言う人もいた。

いつきは毎週クラブに通い詰めて
作り上げた人脈があった。

DJもだんだんと上達していて、
たくさんのイベントに誘ってもらい
色んなイベントに出演した。

DJを始めてから、毎月のレギュラー出演も増え
充実した日々を送っていた。

DJのスキルや地位が認められると
各所のクラブから"ゲストDJ"として呼ばれる。

ゲストDJは、
その日のイベントの一番メインとなるDJ。
その日の盛り上がりが最高潮になる時間に
DJを回すことになるのだ。

売上がいいクラブでは、有名人や芸能人を
その日のゲストDJとして呼ぶ。
DJだけではなく、今話題のアーティストや
芸能人、芸人を呼ぶこともあった。

普段クラブには行かないが、
ゲストDJを見るために
クラブに足を運ぶお客さんもたくさんいた。

いつきはゲストDJとしても
各所のクラブからブッキングされて、
何度もゲスト出演していた。

しかし、平日は過酷な仕事をしているいつきは
金曜日と土曜日の夜しかDJをすることができなかった。

(やりたいことを見つけたんだし、仕事辞めようかな。)

何度もそう思ったが、DJ一本で食べていける人は
ほんの一握りだった。



そんな時、いつもDJをさせてもらっている
仲の良いBARの店長から連絡がきた。

そのBARの店長とは、
たまたまいつきがDJをした店で知り合い
家より店で練習した方がいいからと、
仕事後に度々そのBARでDJをしていた。

店長「いつき、いい話があるんだけど聞かない?」

いつき「いい話ってなに?」

店長「仮想通貨って知ってる?
それを普通に買うんじゃなくて
もっと高く配当がもらえる投資があるんだ。」

いつきは、投資や株などは本当に疎かったので
「そういうのいいや」と断ったが、
店長はそれからもしつこく投資の話をしてきた。

店長「本当にいいものだし、早くしないと終わっちゃうからしつこく言ってるんだよ」

本当に店長の金回りがいいのか、
SNSには高級ブランドの購入品や
高級車、高級クラブのVIP席で
シャンパン三昧の日々が
これでもかというほど載せてあった。

店長とは共通の知り合いがたくさんいたが、
みんなその投資をやってお金を儲けているようだった。
何回か会ってどんな投資なのか話を聞いたが
訳がわからなかった。

すると店長は
「俺がいつきの資金を運用してあげる。
絶対増えるから安心して。」
と、何度も絶対大丈夫だから。と言われた。
いつきは最初は怪しいと思っていたものの
ある程度お金があれば、
DJ一本で食べていけるのでは?
という自分の欲も手助けし
だんだんと店長を信じ、
言われるがままお金を渡したのだった。

そのあとは店長の口車に乗せられ、
いつきは計80万以上振り込んでいた。

「お金はいつ入るの?」と何度も尋ねたが、
お金が入ることはなかった。
せめて半分でもいいから返してとも言ったが、
何ヶ月かするとぱったり連絡が取れなくなった。
そして店長は店も辞めていた。

いつきは詐欺に引っかかってしまったのだ。

この頃、仮想通貨を利用した詐欺が流行っていて
被害者は数知れず。

店長と共通の知り合いのDJも何人も騙されていた。
中には300万騙されたという人もいた。

いつきは仲が良い思っていた人に騙されて
ショックを受けていた。


いつか返してくれるだろうと信じたが
そのお金が返ってくることはなかった。