105日金曜日。晴れ。

スプリットの空港に着いたら、まずは、スプリット市街から逆方向に車で10分ほどのところにある、古都トロギールへ。


本土と橋でつながった、小さな島。

世界遺産の聖ロヴロ大聖堂へ。


建築が開始されたのは、13世紀初頭、完成したのは、17世紀。なので、鐘楼の1階はゴシック様式、2階はベネチアンゴシック、3階は後期ゴシック様式で造られているらしい。(地球の歩き方より)


鐘楼からの眺め。


やってきました、アドリア海!

気持ちが上がる、この景色!




カメルレンゴの砦。

ベネチア人作。




オレンジ屋根、素敵~!




トロギールを一時間ほどサクッと観たあとは、スプリットへ。

車で約30分。


着いたらまず、腹ごしらえ。

海辺の街だし、シーフードを、と思って、スカンピのスパゲティを注文。

私、スカンピって小エビだと思ってたのに、出てきたら、めっちゃでかい!



食べるのに、ひと苦労したけど、身をほぐして、ひとくち食べると、大変おいしゅうございました。


ここは、ローマ皇帝 ディオクレティアヌスの宮殿の中に築かれた街。


旧市街の周りに、城壁がある。

ローマ帝国が滅んだあと、異民族からの侵略に抵抗するには都合がよかったみたい。





柱の赤い大理石は、エジプトからのものとか。


鐘楼にも登ってみた。

上の景色はきれいだけど、そこに行くまでは、階段は狭くて高いし、強風が吹き抜けて、物を落としそうになるし、なかなか過酷な道のりだった。

でも、この景色をみたら、苦労も吹っ飛んだ~!




地下はこんな感じ。




前は、ワインやオリーブオイル造りに使われてたけど、その後、ごみ捨て場になったらしい。

音がよく響くので、日本の心の歌、「ふるさと」を気持ちよく歌ってみた。

他の観光客は、出身地により()「スカボローフェア」や、イタリア民謡を熱唱してました。



そして、宮殿の裏手には、地元の人々の日々の暮らしがあった。




夕方4:30のフェリーで、今日のお宿の地、フヴァルへ向かう。


約一時間で、フヴァル着。



港からてくてく歩いて、今日のお宿に到着。


海が見える、いいロケーション。


夜は、フヴァルなどがある、ダルマチア地方で採れる食材のみを扱う(ピザも、スパゲッティも、ビールも、コカコーラも置いてません、という触れ込み)レストランで、シーフードに舌鼓を打つ。

お腹いっぱいになったけど、ヘルシーだった。


せまい路地にレストランが並んでる。ベニスっぽい。

ここは、ゴッホの「夜のカフェテラス」みたい。



週末の天気予報は、あまりよろしくないんだな~。晴れ女パワー、効いてくれないかなぁ~。お天道様にお祈りしてから寝よう。


105日金曜日。曇りのち晴れ。


久々のブログ。

最近は、ほぼ100%旅のことしか書いてないね~。自分の思ってることを整理するには、書くのが一番いいんだけど、日々の生活に追われて、そんな時間もなく。。。

旅行に出る時は、ちょっと心にゆとりがあるから、異文化の中で感じたことをしたためてみようかな。


今回の旅の目的地は、クロアチア!


理由はいくつかある。


1.前に行った人がアップしてた街の写真が、すごくきれいだった。

2.その街=ドゥブロヴニクが、ジブリの映画(魔女の宅急便だか、紅の豚だか)のモデルになったらしい。

3.イタリア在住の作家、塩野七生さんの本を読んでたら、昔ベネチア文化が栄えた、トリエステという地名が出てきて、どこだろうと調べたら、イタリアのクロアチアとの国境沿いの街で、壮大な地中海の歴史を想像してみたら、行ってみたいなぁと思った。


まあ、そういう単純な理由。


それで、噂の美しい街、ドゥブロヴニクについて、ガイドブックで調べてみたら、そこから、周辺の国々にも、数時間あれば足を伸ばせるらしい。そういう訳で、行き先リストに追加したのが、モンテネグロとボスニア・ヘルツェゴヴィナにある古い街。旧ユーゴスラビアの国々。


そしたら、うちの相方が、「じゃあ、アルベニアに行かない訳にはいかない!」って言い出した。実は、自分でアートも作ってる相方さん。ある時、アルベニアの首相で、アーティスト(さらに元プロバスケ選手)の話を聞いて、ピンと来るものがあったらしく、そこから発想を得たアートを作ってるらしい。その話に出てきた、コンクリート製の教会を見に行きたいんだって。モンテネグロの街から、アルベニア北部の街まで、約3時間ほど。「せっかくこんなに近くに行くのに、アルベニアに行かないわけにはいけないだろう!」というゴリ押しがあり、アルベニアも目的地に組み込んでみた。


さらに、出発約2週間前(この時点で、飛行機のチケットしか取ってない状態)に、サラエボ出身の人と話す機会があって、民族浄化の話なんかを聞いているうちに、せっかく、ボスニアに行くんだったら、ユーゴ紛争の中心地に行って、その歴史を学んでみたいと思った。

前に観た、アンジェリーナ・ジョリー監督作の映画「最愛の大地 (In the land of blood and honey) 」で、サラエボを舞台に、スラブ人とボスニア人のカップルが戦争によって引き裂かれる悲劇が描かれていた。私にとって、戦争=第二次世界大戦というイメージが強かったのに、このユーゴ紛争は、私がすでに物心ついた中学や高校時代にあったということを知った時、かなり衝撃だった。まず何よりも、つい最近まで、ユーゴ紛争のことをほとんど知らなかった自分が恥ずかしい。中学高校のリアルタイムに、私は何を勉強してたんだ⁉︎(ってか、学校の授業で触れた記憶がない。)さらに、先の大戦で戦争の恐ろしさを世界中が思い知ったはずなのに、ヨーロッパの一部で、民族浄化という名の虐殺が、1990年代にあったということが、純粋に衝撃的だった。


実際に、ボスニアから亡命して、90年代後半に難民として、アメリカ・ニューヨークに来て、ケネディ空港から、受け入れ先の親戚が住むバーモント州に辿り着いたというその人は、私と同世代。今はアーティストとして、活躍している。彼女のライフワークは、民族浄化の起こった711日に、街中の広い公園で、ボスニアンコーヒー(と言いつつ、実はトルココーヒーらしい)を作り、地面に何百ものボスニアンカップ(と言いつつ、チャイナ食器らしい)を置き、コーヒーを注ぐ。自分でカップを持ってきてもいいし、そこにあるカップで注がれたコーヒーを飲んでもいい。民族浄化のあった日、連行されたのは、多くの男性で、取り残された家族は、なすすべもなく、他の家族と集まってコーヒーを飲みながら、帰って来るはずのない男たちを待っていたらしい。彼女にとって、コーヒーとカップのプロジェクトは、祖国の悲しい歴史を忘れないためのメッセージが込められている。

そんな話を聞いたら、サラエボにも行かずにはいられない!


かくして、この旅行、今までの旅の中で一番、旅程を立てるのに苦労した。さすがに、行き当たりばったりするほど、若くない。何しろ、ガイドブック読んでたら、行ってみたいところが多すぎるし、10月は観光客は多くないものの、島が多いクロアチアの足となるフェリーの便数が減るので、島から島へ、ひょいひょいと移動するのも、難しい。


結局、10回ぐらい予定を練り直して、やっとすべてのホテルの手配を済ませたのが、出発1週間前ほど。行きたいところをカバーするために、帰りの便を2日伸ばして、ようやく落ち着いた。


という訳で、4日木曜日の夕方、ニューヨークから、最初の経由地、ミュンヘンへと飛び立った。飛行時間、約8時間。翌朝にミュンヘンに着いたら、乗り換えて、約一時間。


クロアチア、アドリア海沿岸の都市、スプリットに到着!





つづく。


617日土曜日。晴れ。


朝、ミラノの空港へ。

ホテルから歩いて2分。


空港は、テロの影響から、大きいライフルを持った迷彩服の警官がたくさんいて、セキュリティも厳しいし、あまり好きではないけど、旅行するなら避けて通れない。


無事に飛行機に乗り込んで、約8時間。

NYに戻ってきました。


空港着いたら、雨。

それほど、暑くもなく。


昨日まで、チンクエテッレにいたのが信じられないけど、やっぱり家は落ち着くわ。。。


今日は時差ボケ対策に、頑張って夜10時半ぐらいまで起きておかないと。

明日から仕事。現実に戻ります。


また旅に出る日まで、ごきげんよう~!