昨日はひどい雪だった。セントラルパークで、歴代2番目に多く雪が積もった日だったらしい。今日は、歩道はほとんど雪かきがされているけれど、横断歩道をわたるところは、少し路肩が低くなっていて、そこには溶けた雪が、みぞれ交じりの水になって貯まっていて、大股で飛び越えるか、長靴を履いた足で、勇ましく突っ込んで行くかのどちらかしか選べない。私は、半分半分の確率で、飛び越えたり、どぶんと足を突っ込んだり。雪の日は身動きが取れにくくてやっかいだけど、普段できないことができて、それはそれでおもしろい。

昨日から、ほとんど外に出ていなくて、家の中に缶づめ2日目の今日は、手持ちぶさたである。昨日は、ときどき外の様子を眺めながら、たまった洗濯物を片付けたり、パソコンでする用事があったり、ドキュメンタリー映画を見たりしていたら、あっという間に時間がすぎていった。でもさすがに今日は、だいぶネタが尽きてきたみたい。
今日4杯目のお茶を飲んで、外に出て行こうかどうか、迷っている。

年始に、今年はもう少し、何か物を書いて、自分を表現してみたいと思っていた。でも気がついたら、日々の些事に流されて、ぼーっと考える時間も、パソコンに向かう時間もないまま、過ごしてきたので、今日はちょうどいい機会だと思って、いまこうして、キーボードをたたいている。
以前に、表に出さずに書き留めておいたファイルがいくつかあって、校正したいと思っていたもののひとつを開こうと思ったけれど、なぜだか開けない。デスクトップからしか開けないらしいけれど、LAから送って先週届いたそのコンピューターは、まだ箱の中に入ったままだ。そして、それを置く場所もまだ確保できていない。残念だけど、また次の機会に書き直そうと思う。

昨日の吹雪がうそのように、今日はきれいに晴れた。短い日が暮れかけてきたいま、傾いた冬の太陽の光が、マンハッタンのガラス張りのビルを ほんのり茜色に染め、雪ぐもが去ってすっきりした空の青と、美しいコントラストを見せる。
カリフォルニアのどこまでも続いている真っ青な空もいいけど、マンハッタンのビルの間にのぞく、一日の終わりの、青と茜が混じり合った空の色も、私は好きだ。このエネルギーあふれる雑多な街の上にも、地球上のほかの場所と同じく、青い空があって、夕日があって、一日が暮れていく。うれしいことがあったり、悲しいことがあっても、この空を見上げれば、 明日はいいことあるといいな、という希望が沸いてくるようだから。

そうやって、外を眺めていると、夜のとばりがおりてきて、ビルの窓にもぽつぽつと、あかりが灯ってきた。そろそろ心を決めて、ちょっと外に出て行こうかな。

去年の大晦日、ロサンゼルスから、サンフェルナンドバレーに向かう丘の中腹にある、リベラルな美術館、Skirball Cultural Center に行ってきた。

今回見たかった展示は、ヨセミテ国立公園など、壮大な自然を撮ることで有名な巨匠、アンゼル・アダムズが、第二次世界大戦中に、マンザナール強制収容所に入れられた日系人とその生活をカメラに収めたもの。

http://www.skirball.org/exhibitions/manzanar-ansel-adams#


1800年代後半から、アメリカ西海岸に移住した日本人は、1941年の真珠湾攻撃のあと、敵国人として見なされ、3日の間に身の回りの荷物を詰めて、強制収容所に行くように命令が下された。

その理由としては、日系人は、海の近くに漁村を作っているので、アメリカ海軍の動きを観察しやすいとか、空港の近くだと空軍の様子を観察して、その状況を日本軍に密告するかもしれないとか言ったこと。日本と戦争しているからといって、日系人みんながスパイであるわけでもないのに。

その頃、発行された雑誌には、中国人(Chinese)と日系人(蔑称のJapと書かれている)の見分け方が載っていて、中国人は背が高くてすらっとしているが、日系人はずんぐりしていて足が短く、ヒゲを生やしている男が多いとある。要するに、これが日系人だから、見つけたら敵国人として扱いましょうということみたい。馬鹿げてる。

アンゼル・アダムズは、知り合いに請われて、マンザナールを訪れ、そこに住む人々の姿を、カメラに収めた。収容所の監督に、撮影の許可はもらっていたものの、収容所を囲むバリケードと、監視塔の撮影は禁止された。

そこに住む人々は、今まで築いてきた財産や土地を奪われ、自由も剥奪されていたけれど、精一杯日々の生活を生き、砂漠の中で、夏の強い暑さや乾き、冬の厳しい寒さに耐え、やせた土地を耕し、盆踊りなどの日本の伝統行事には、着飾って踊ったりして、ささやかな楽しみを見つけながら、辛抱強く生きている。

以前、山崎豊子氏の「二つの祖国」という小説を読んだけれど、その中で語られていたことが、ここで写真となって表現されている。アメリカに住む日本人すべての人に、 この本を読むことをオススメする。今でこそ、ロサンゼルスやサンフランシスコは日本人にとって住みよい街だけれども、それは、私たちの先祖が苦しい差別を乗り越えてきたからこそ、成り立っているということを、忘れてはいけない。

そして、これは決して、過去の歴史として終わったものではなく、いま現在も、ムスリムの人たちが苦しんでいる状況と何ら変わりのないものだと感じる。中東系の容貌であったり、イスラム教の女性が頭にヒジャブという布を纏っているというだけで、差別的な行為を受けている。イスラム教でも、過激派はほんの一部で、ほかのイスラム教徒は、危険人物ではなく、彼ら自身も被害者だというのに。70年前、日系人みんなが敵であったわけではなく、戦争によって、傷ついた人もたくさんいたというのに。この現状は、70年以上前と、どう違うと言うのだろう?過去から学ばないと、人はまた同じ過ちを繰り返す。そういう意味で、この展示は、多くの人が見るべきだと思う。

戦後、大自然を舞台に壮大な景色の写真を撮ってきた巨匠が、戦時中に日系人の強制収容所で写真を撮り、それが、1944年に “Born Free and Equal” という本として出版され、当時物議を醸したことは、あまり知られていない。アダムズのその視点には、敵味方の区別が感じられず、いち写真家として、そこにいる人々の生活を、淡々と(と私には思える)カメラに収めている。

そこにいる人々は、きっと当時の他のアメリカ人が楽しんだように、野球をしたり、畑を耕したり、友達や家族と笑ったりと、制約された中での、日常を生きている。アメリカにとっては、敵国の日本人も、彼らと同じように生活している。戦時には、みんな忘れているけれど、敵国の人々も、みんな人間で、それぞれのやり方で、生活を営み、喜びや悲しみ、痛みを感じながら生きている。それを、想像するのを忘れさせてしまうのが、戦争なんじゃないかな。アダムズは、それを写真で撮って発表することで、人々に、敵国人もあなたと変わらない人間なんだよということを、いま一度、想像してほしかったんじゃないかな。

英語で、put yourself in their shoes という表現があって、直訳すると「他の人のくつを履いてみなさい」。つまり、自分が他人の立場(靴)に立って(履いて)、考えてみるということ。他人の生きてきた道を想像して、それがもし自分だったらと思うと、そんな容易に、差別とかいじめとか、できないんじゃないかな。そういう意味でも、想像力って大事。想像力を鍛えるために、本を読み、映画を見、写真やアートに触れる。これって、つい後回しにされがちだけど、実は、大事なことなんだなあと改めて思う。

いろんなことを考えさせられる展示。近くに行かれるときは、寄ってみてはいかがでしょう?


明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

…で始まるブログを、元旦に書いていたのに、手違いで完全消去してしまい、年明けて5日も経ってから、書き直している始末。今年最初のヘマをやらかしました。先が思いやられる…!?

何はともあれ、この年始、ついに、NYに戻ってきました。
実は、4年前にLAに移った時から、こんな日が来るんじゃないかというかすかな予感があったので、その時に使った引っ越し用の段ボールや、購入した電化製品の外箱なんかも、捨てずにずっと残しておいたのです。
でも、LAの家もそのまま残して、時々戻れるようにしているので、完全に引っ越しというわけでもないんだけど、今年から軸足はNYに移します。

なんだかんだ不満がありながらも、結局4年近く続けたLAのクリニックの仕事も、先月ついに辞めました。日本人の患者さんは、私がいなくなったら、どうなるんだろうという不安がずっとあったけど、意外となんとかなっているみたい。「私じゃなきゃ、ダメなんじゃない!?」って、思い詰めたときもあったけど、世の中、自分ひとりがいなくても、何とかなるみたい。逆に、自分はこの世で一人しかいないんだから、自分が本当に幸せだと思うことに向かって行くほうが、自分にとっても、ずっとヘルシーだと思うし。

NYに移って、1つ決まってる職は、LAにいた時にもやっていた、週末の、病院での急性期のリハビリ。あとは、探し中。できれば、平日のパートタイムの仕事があればいいんだけど、どうなるんでしょう。まあ、なんとかなるでしょう。楽観的だけど。

いま、一番楽しみにしてるのは、陶芸。
LAでも2年ぐらいやっていたけど、NYには、陶芸教室という名の陶芸教室があるんだって。そこでは、どうやら日本式の陶芸を教えてくれるらしく、ずっとアメリカンスタイルでやってきた私は、楽しみでしょうがない。
まずは、明日から手びねりのクラスを取ってみます。わくわく。

あと、今年の目標。
もっと書く!
去年も、実はひそかにいろいろ書いてはいたんだけど、あまり表に出せるような内容ではなかったのです。今年は、人様にも読んでもらえるようなものを、もう少し書きたいと思っています。エッセイというか、気軽に読めるようなやつ。
ここ2、3ヶ月の間に、村上春樹氏関連の本を何冊か読んで、なんか、私にも書けるんじゃない?という、また私にありがちな、根拠のない自信に満ちあふれているので、この勢いに乗りたいと思います。いつか、ストーリー性のあるものも書けたらいいけど、言うは易し、行なうは難し。。。まあ、とにかく、書く練習をしておこうと思います。

そういうわけで、今年は、去年から引き続き、Physical therapy(理学療法), Pottery(陶芸), Photography(写真)の 3つのPに加えて、Penning(執筆)も加えた4つのPに、バランスよく取り組めたらいいなあと思っています。

気長にお付き合い下さいませ。