倉田さんちのなんでも第4倉庫 -3ページ目

倉田さんちのなんでも第4倉庫

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お母さんのことが好きで好きでたまらなかったお父さん。
ずっと「お母さんとハワイに行くのが僕の夢」と言ってた。
が、家が自営業なので、
二人で旅行に行くとなったら店を閉めなければならず、
それが嫌で行くのをためらっていたらしい。
去年私が「店はあたしが出来るけん、
来年の春にでも元気なうちに行っとき。」と言ったら
すごくうれしそうに「本当にいいと?」と何度も聞いてきた。
今年の冬、いきなり倒れて帰らぬ人となった。
今となってはもっと早く行かせとけばよかったとそればかり悔やまれる。
来年、お母さんと私とお父さんの骨とお父さんが
大好きだったハワイに行こうと思う。




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小さい頃から子供にあまりかまわなかった父。
悪い人ではなかったが、自分の気の向いたときしか相手にしなかった。
3年前、私が眼の上の手術をしたとき、
手術の日だけ一人でお見舞いに来てた。
手術後で私の顔が腫れているのを見て
すごく狼狽して「お父さんが代わりに手術を受ければよかったね。」と言ってた。
普段はそんなことを言わない人だったからびっくりした。
後でお母さんに聞くとその日だけは自分が行く!と
譲らなかったそうだ。
普通の家のお父さんだったら普通に言うことかもしれないけど。
なんで死んだのよ。



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結婚当初は凄く貧乏で、
私の実家の両親(別に裕福でもない、ごく一般的な家)が
しょっちゅう車で食料や家庭用品、お金の援助をしてくれた。
阪神大震災の時は、体育館に避難して2日後、
実家の父と弟が片道6時間かけて歩いて迎えに来てくれた。
今年のお正月、父親と2人で話をした時、
父親が自分自身は末期癌なのに、
「体には気をつけろよ、あんまり無理すんなよ」と励ましてくれた。
など諸々思い出す度に泣いてる。
親孝行はしてもしてもし足りないくらいにしても罰は当たらない。
(一概にそうだと言えない例もあるが)
生きてるうちは「ありがとう」って言えないけど、
死んでから言っても遅い。
感謝の気持ちはずっとあったけど、伝わってたかどうか。
今じゃ分かんないしな。


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