倉田さんちのなんでも第4倉庫 -2ページ目

倉田さんちのなんでも第4倉庫

メインはこちら→http://kuratanami.web.fc2.com/
こちらのブログともども、読者登録よろしくおねがいします♪


私がアメリカに留学してた時、両親と祖母が遊びに来た。
英語圏でキンチョー気味の両親よりも90近い祖母の方が
いろんなものに興味を示し外人にも臆する事ないのに驚いた。
その祖母が帰国間近になって私に「英語を教えてくれ」と言う。
私が教えた簡単な挨拶、会話を手帳に書きとめ
「天国でおじいさんに会ったら”ハロー”って言って驚かせてやるんだ」と
子供みたいに悪戯っぽく笑った。
なんだか感激して祖母達が帰国後、
子供向け英語教材本を買って送った。
その祖母も去年95歳で大往生。
おばあちゃん、天国でおじいちゃんに「ハロー」って言って驚かす事できたかな。



もっと読む→倉田さんちのネットライフ

3才の頃家族3人で行った海水浴。
その後一年後に母親が子宮ガンで亡くなりました。
あれから25年経ちましたが、いまだに海を見ると寂しくなります。
延長保育にいたので、よく遅くまで父親を待っていました。
小学校の授業参観がすごくいやだった。
授業中、のどがぎゅっと締め付けられるような感じがするんだよね。
恥ずかしいから父親には来てもらいたくなかったから、
来ないでいいって言ったけど、会社を早退していつも来てくれてた。
なんでもっと素直に喜べなかったんだろう。




もっと読む→倉田さんちのネットライフ

保育園の時です。
ちょっと貧乏だった私の家は、共働きでした。
保育園は3時に終わるのですが、
親が仕事などで迎えに来れない子は
保育園が延長保育で見てくれていました。
私を含め、10人くらいいました。
みんなで運動場でゲームをやったり、遊具に乗ったりして、
迎えが来るまで過ごすのですが、夕方になるにつれ、
だんだん迎えがきて最後は私と2人の先生だけになりました。
私は子供心に「私だけまだ居て、先生に悪いなぁー」とか
「もう、母さんこないのかなぁ」とか、考えてました。
なんだか寂しくなってきたころ、ふと外を見ると・・・
「ヨシーっ!ヨ~~~~~シっ!」夕焼けで真っ赤に染まった道路の向こうから、
母が自転車に乗ってやってきました。私の名を呼んでいます。
あの時の母の呼び声と、夕焼けの赤さと、
先生の優しい顔が脳裏に焼き付いてます。
その光景を思い出すと、なんだか涙ぐんでしまいます。
ただの日常的な光景なのにね・・・



もっと読む→倉田さんちのネットライフ