3月20日に代々木体育館で開催予定だったコンサート。国民的アイドルという言葉では足りない程のマンモスグループの解散から3年余り。どうかもう一度チャンスがあればという願いが叶い、ファンクラブチケットを1枚購入し、母へのプレゼントとしていた。
確か2012年のドームツアーでのことだったと思う。当時、病棟看護師として中堅の立場にあった私は、同期達と切磋琢磨し、同時に中堅としての威厳や、人並みに芽生えた妬み嫉みにもがきながら仕事をしていた。そんな中で当選した東京ドーム公演のチケット2枚。もともとは母と行く予定で申し込んでいた。しかし、その当時の上司が同じ公演のチケットが落選だったと聞き、母へその上司へ母の分のチケットを譲って良いかと聞いた。母は「いいよ。あなたが職場の人に気に入ってもらえることが一番だから」と言った。私はすっかり母のその言葉に甘え、上司と一緒に東京ドームへ行った。スタンド一階5列目の神席だった。トロッコに乗って外周を巡るメンバーを目の前にしたことは今でも鮮明に覚えている。とにかくかっこよかった。母と観るはずだった素晴らしい景色だ。その後、職場では割とその上司から良くしてもらった方だとは思うが、1年間の語学留学後復職した後は特に目をかけられることはなく、更にはこちらが転職した後は一切連絡をとっていない。20代での最も我儘で自己中心的な記憶となっている。
大概にして大切な物は失ってから気付くと言われるが、30代も中盤に差し掛かってきて感じるのは、20代の恥というのは、まるで永遠というものが存在していると勘違いしていたということだ。それは20代を過ぎた30代の今だから感じることで、昨今のニュース報道でも「20代30代の若者」と30代はしっかりと「若者」と分類されているが生物学的な話であり、精神面でも20代と30代が同じである訳にはいかない。30代に入り明らかに感じるようになった夜勤の疲労などの身体的な衰退と言える変化で、いくら知識や経験を蓄えても20代と同様に病棟看護師として働くことはできないのかもしれないと察知し、永遠なんていうものはもしかして存在しないのではと考えられるようにはなってきた。
今も昔も母が大切な存在であることには変わりがない。それでも、そんな母のチケットを上司に譲ることができたのは、母とコンサートに行くチャンスは当然のようにまたあると疑っていなかったからだろう。その後も毎年のようにコンサートは開催されると思っていた。まさか、その数年後にグループが解散するなんて思いもしていなかった。あの神席で一緒にコンサートを楽しめるのはその時限りだと、当時分かっていればと思うが、そんなことは誰にも分からない。もしかしたらまたチャンスがあるかもしれないし、ないかもしれないという程度だ。だからこそ、大切な人と大切な瞬間を大切にしないといけないのだと思う。
解散後の今回のコンサートで過去の後悔を何とか払拭したいと思っていたが、それも叶わなかった。ごめんなさい。推しがいること、推しがステージに立ってくれていること、大切な人が元気でいること、何一つ当然なことなどない。願わくば、また推しを含めた大切な人達と楽しい時間を当然のように過ごせる日が一刻も早く訪れますように。
