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nami 徒然日記

7年間の大学病院看護師経験を経て、憧れNYCへ単身渡米。「朝起きて夜寝る」という念願の'規則的な生活'の中で見える日々を非人情にトライしながら徒然に綴ります。

自己責任論。
2018年も残すところわずかとなった今日、年が明ければきっと風化してしまうだろう話題。

正直、他国で捉えられている日本人がいることは忘れて過ごしていた中での報道。その日本人が解放されたと。飛行機のエコノミークラスの狭い座席に座る例の記者をニュースで観た時に感じた「良かった」という安堵感。しかし、そんな彼に浴びせられた「自己責任論」。恐らくほんの一歩の間違いだったのだろう。間違いなく生きる人間はいない。

私が看護師になり毎年の海外旅行という贅沢をするようになって10年。アメリカメジャー都市にオーストラリア。25歳の時に一人で行ったニューヨークに魅せられてからはひたすら毎年ニューヨーク。28歳の時にはニューヨークで1年間の語学留学。帰国後も休暇を使ってはニューヨーク。そんな大好きなニューヨークのロウワーマンハッタンで「神は偉大なり」が一人の男の口から叫ばれたのは1年前のこと。私がニューヨーク旅行から帰国した1週間後のことだった。事件現場はよく知った道だった。もし私がそこで被害にあっていたら、やはり「自己責任」と言われたのだろうか。100%安全と言える国などない。アメリカニューヨークと言えど何が起こるかは分からず、17年前にはテロの被害にあった都市でもある。そんな危ない所に行ったことが悪いのか。

留学中に知り合った友人達の中には南米出身者も多くおり、中にはこのままアメリカで暮らす、国には帰らないという友人もいた。理由は、自分の生まれ故郷は危ない国だから。
私は留学前、一年後には当然のように日本に帰国するつもりでいた。頭の片隅には「もしかしたらニューヨークで殺されたりするかも」という考えがなかった訳ではないが、だからこそ気をつけようと思っていた。帰国し、成田空港での入国審査を通過して見た「お帰りなさい」の文字に泣きそうになった。この経験を通して考えるのは「この幸せは当然ではない」ということだった。どうして1年後にも自分のパスポートが有効であると思ったのだろう。どうして1年後にも自分の故郷が存在していると思ったのだろう。つい70年前は敗戦国として何もなくなった国だというのに。これが所謂平和ボケというものなのだろうか。

もし自分の家族が海外のどこかの国で命を落とすようなことになって、世間から「自己責任だ」と言われても「その通りです、死んで当然でした」と言えるのであれば「自己責任論」を説いても良いと思う。私はもし自分の家族がそんな状況になってしまったらきっとそうは思えない。だから例の記者が命あって帰国できたことに心から良かったと思う。しかし多くの人に迷惑をかけて間違いであったことは明確。それを反省するのはこれからのこと。私はたった一歩の間違いで死を意識することになる国があることを知った。今ある自分の生活は決して当然ではない。