自分が生きていることに何の意味があるのか、を悩む事は往々にしてある。若いうちは特にそうだろう。

それが身近なものであるほど幸せではないか。

中井秀夫の『虚無への供物』を読む度にそう思う。





(※以下ネタバレあり、念のため)



あの作品の犯人は自分が死なない為に殺人を計画していたわけだが、その中で父親と叔父を不倶戴天の敵同士だと考える事で、自分の殺人を正当化していた。

人を殺すという歪んだ計画を生きる理由にする為には、相手に対してそれなりの「格」を求めるのは至極当然の事であろう。


いわゆるネット上の『愛国者』達の日記を読むと、韓国や中国はとてつもない陰謀を企てている危険な国家で、特に韓国は「スーダン並みに危険」(笑)と主張している輩までいるわけだが、彼らがそうまで韓国や中国が危険だと主張している事には、この作品の犯人と似たようなものを感じなくもない。つまり、自分の(あまり褒められたモノではない)行為を正当化したいのだ。

その為には、中国や韓国に礼儀をわきまえた立派な人物が居たり、日本が大好きで毎年来たりする人間が存在することを認める事は出来ない話である。

彼らが批判し、或いは滅ぼさなくてはならないとすら考えている中国や韓国とは、時には日本を利用して儲けようと企んでいたり、または日本から学んだり物を売り買いしている現実世界の存在ではなく、彼ら自身の脳内にだけ存在している「ワンダランド」なのであろう。